Re:member

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さて、10月。そろそろ12月の展示会に向けての制作に入らなければ、、、と
若干焦ってますが、相変わらずのノロノロでオーダーものを裁き切れておらず
週末はひらすらミシンの音を聞きながら手を動かしています。

その一方、3ヶ月前から準備を始めていたコラボの原画(シルクスクリーン版下)
が順調に仕上がってきたので、それにまつわることについて少し。。

今回は、佐賀在住のグラフィックデザイナー「MAT_GRAPH」さんこと、
松尾浩一さんとコラボさせて頂くことになりました。

ここ半年に渡り、自分の頭の中に渦巻いている形而上的な概念を共有でき、
かつ共にクリエーションできる相手として、すぐに松尾さんが浮かんだのですが、
思ったとおり、松尾さんとは知的好奇心のベクトルが本当に良く似ていて、
会話のキャッチボールをしながらアイデアを膨らませていきました。

それで出来たのが、数字のオリジナルタイポグラフィ。
はじめにわたしが数字やカタチの形状的・形而上的なイメージを思いつくまま
片っ端から伝え、それを松尾さんが文字通り見事グラフィック化してくれました!

12月の展示会ではカバンに原画、それに小さな物語を添えて、プラス
音楽+アニメーションといろんな表現者たちと共にその世界観をお伝えできれば
いいなぁ、、と今からワクワクしております!




さてさて、そんな松尾さんとも面白いよねー!とひとしきり盛り上がっている
「もののケのしおり」ちゃんの動画ですが、あまりにも面白すぎて先月は
10日でネットの容量を超えてしまうほど動画に見入ってしまったのですが、
おかげで気がついたことがあります。

(ここからはわたしの妄想の世界になるので、眉唾で読んで下さいねー笑)


自分には子どもの頃から3つの謎があるのですが、

1:自分という存在が単純に親(父・母)から来ている気がしないこと。
親に対して愛情がないとかそういう次元の話ではないですよー。
2:幼少期、最初の記憶が自分を観ているもうひとりの自分?の視点があること。
3:心の奥深くに横たわっている「悲しみ?」の感情がどこから来ているのか?
どうも、単純に個人的(家族・血族的)なものではない気がしているので。
かといってそれが社会的な背景によるものかというと、そうでもない。

でも、しおりちゃんの動画によく出てくる、
無性(元素の双子のアマナとカムナ(性はない)・本当の地球の十字架)と
有性(原初(原子)の父・母・息子・娘の壊れた十字架)の話を観ていると
自分が抱いている3つの謎が解けるような気がしてくるのです。

「さらに炎が十字架を押し上げるように語ってみる。」

原因はすべて「本当のことが思い出せない・この地上では双子に出会えない」
ことに由来しているのではないかと。

そして、英語で「思い出す」は「Remember」といいますが、
あれはやはり、「Re : member」なんだと思います。

しおりちゃんが言うように、そもそも十字架を構成しているメンバーが違うのです。
だから、思い出すとは、十字架の構成メンバーを再構築することなのでは???
それはつまり、この世界は「虚構 Matrix」であることを意味します。

そして数学的に見ると、この世界は虚数(複素数)=「複素平面・円」になっています。円では表と裏しかありません。意図的に2極化の世界になっているのです。

「2種類の十字架について、今のところは仮の姿で語ってみる。」


でも、本当の地球は文字通り「球体」なのです。
表も裏も存在しない、どこにも面がないのが本当の姿。


そしてこれは素数(prime number)の謎ともつながるような気がしてなりません。

ちなみに、虚数:imaginary number(複素数:complex number)を図表にすると、横軸を(Re)縦軸を(Im)で表し、Reは実軸(real part)を意味し、
Imは虚軸(imaginary part)を意味します。

わたしはこの図表を観た時、一瞬、
Reを(Remember)Imを(I am)と見間違えてしましました。

なぜなら、思わず浮かんでしまったからです。

I am =「私」=嘘つき  という構図が。。




ね、この妄想力やすごいでしょう。。(笑
ふふふ。面白くなってまいりましたー。



*ご参考までに、こちらの「2重スリット実験」「シュレーディンガーの猫」観てから、しおりちゃんの「波動とはならず地球での生を語ってみる。」を観ると彼女が云わんとしていることがちょっとつかめるかもしれません。

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# by cotomono | 2016-10-02 20:37 | Comments(0)

μεταφυσικά

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> 12.OCT.1998

形而上の思考が快なのは、休息に似ている
自我による思考が不快なのは、労働に似ている

形而上は快である
形而上はそれ自体が快である
それは自分であることである
戻れば常にそこに在る

形而上を考えるのは、自分の家へ帰るのに似ている


[ リマーク1997−2007: 池田晶子 ]


::

形而上とは、、、
1.形をもっていないもの。
2.感性的経験では知り得ないもの。有形の現象の世界の奥にある、究極的なもの。


不思議だなぁ、、、
いつもカバンというカタチをつくりながら、
カタチをもっていないもののことを思っている。

あぁ、お家へ帰りたいよ。
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# by cotomono | 2016-09-16 22:49 | Comments(0)

もののケのしおり

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お友達に教えてもらいました。
これはご紹介せずにはいられないので、リンクを貼ります。

もののケのしおり
ポータル全開、すごい子どもが地球に転生してきているようですね。
ダイレクションに宇宙とつながっています。


波動とはならず地球での生を語ってみる。
鏡の向こうとお話しながら生命の起源を語ってみる。


すごいなぁ、、、もう言葉になりません。
ただただ、聞き入ってしまいます。

もうわたし、こんな話を永遠にしてたいです。笑
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# by cotomono | 2016-09-08 23:55 | Comments(0)

それを想像することが創造なのだ。

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熊本はorangeさんでの展示会、無事に終えることができました。
お力添えいただいた皆さんに、心から感謝いたします。

展示期間中のあれこれはこちらにアップしていますので
この日記に詳しくは書きませんが、少し先で振り返ったとき、
あのときの熊本がターニングポイントだったな、と思うような時間でした。

というのも熊本へ入る数日前からちょっとした胸のざわつきがあって、
それまで全く空白であった「これから」のことが頭に浮かぶようになっていました。
ですが、orangeさんでの展示が終わるまでは何も考えないでいよう、
終わるころには答えがでているだろうと、そのざわつきにはあえて反応せず
この瞬間瞬間をただ味わい楽しむことだけやっていたら、本当にそのとおり、
自然と答えが出ていました。


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さて、展示期間中のことは書かないとさっき書いたばかりですが、ひとつだけ、
坂口恭平さんのことを。

初めて坂口さんのお名前を耳にしたのは、たしか5年前。
ちょうど熊本で展示会をできる場所を探していて、当時色々とお世話になっていた
熊本出身のある方に「熊本でどこか、だれか面白いところはありませんか?」と
聞いたところ「orangeと坂口恭平くん」と速攻で返ってきました。

それからorangeさんへと至まではここに改めて記すまでもありませんが、
それ以来、坂口さんのことはご自身のTwitterや色んな媒体で目にするようになり、
ずっと気になる存在でした。ここ最近はorangeのカフェでも執筆されている
ご様子だったので、展示期間中お会い出来るかな?と思ってたら、ちょうど最終日に
一番奥の席でパソコンに向かっておられる坂口さんと遭遇する幸運に恵まれました。
橙書店で買ったばかりの「家族の哲学」にサインをしていただいたついでに、
ほんの少しだけお話しさせてもらったのですが、湖面のように静かで深く透明な目を
しておられ、ちょっと不思議な感覚になったのですが、あの目はどこかで見覚えが
あるなぁと思い返していたところ、去年ドイツの田舎で暮らしてたとき森で遭遇した
野生の鹿の目と同じ光りがありました。


わたしはそんなに読書家でもなく、これまで読んだ本の中でと言えるほどものでは
ありませんが、、、

本を読んで泣いたのはミヒャエル・エンデのモモと、
いしいしんじの麦ふみクーツェと、
坂口恭平の「家族の哲学」、この3冊だけです。

最後に、勝手ながら一節をご紹介させていただきます。



はっきりと言おう。
この世界は可能性で満ちている。そこに意味など求めないかぎりは。
私は私の仕事だけを徹底して実践していく。それだけが喜びなのだ。
それができればもう死んでもいいのである。
統合された人間というものを想像することこをが罪なのだ。
そんなものが存在していると理解したところで、誰が幸福になりえるのか。

幸福とは、あなたが動いているということだ。機能を持っていることだ。
機能さえあればいいではないか。統合した人間らしさというものを私は認めない。
人間はそういうものではない。植物を見ればそれがすぐにわかる。

人間を、何かの役に立たせる、などという妄想が作り出した社会という名の監獄
からの目で見たくないのだ。それでいい、とすべてをよしとするような母性の視線で
私は見守っていたい。

まったく別の空間にも自分が存在すると分かったら、何が起きると思う?

それを想像することが創造なのだ。
自分の手で何かを作りだすことを創造と呼ぶな。
それはこのすでにある世界の役に立つことである。

見えないその自分の体の動きにこそ耳をすませよ。
それを伝えることが私の仕事だ。しかも、私は他者を介してしか行うことが
できない。他者はだからこそ存在している。だから私はまだ見ぬ家族を、
その他者の中に見つけようと試みるのだ。
それが幸福だ。幸福は見えぬが、香りを放っている。

周りを見まわしなさい。幸福はすでに他者の体の動きの中にしっかりと
具現化されてる。そうやって日常を見てみろ。何が訪れる?

日光だけが照らしていると思うな。
己の眼を忘れるな。
あなたがたには、私の言葉が聞こえているか?

ー 坂口恭平「家族の哲学」より

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# by cotomono | 2016-09-03 02:02 | Comments(0)

知性の月経

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【原爆投下】トルーマンの孫が語る謝罪と責任の意味(前編)
【原爆投下】トルーマンの孫が語る謝罪と責任の意味(後編)

ご参考までに、とても良い記事です。


上の記事とはある意味別次元の話になりますが、


広島の平和の鐘に刻まれた言葉
「自己を知れ」

この半年間、この言葉がキーワードとなる、
あるお話会にほぼ毎月参加してきました。
それについて、ここに何かを書ける段階ではないのですが、

原爆とは、知性の月経
すなわち、精子と卵子が融合すると原爆は止まる


このことがずっとひっかかっています。

ミクロ宇宙とマクロ宇宙がシンクロしているとしたら、
人類の頭の中で起きていること(集合意識)が、
この世界に映し出されていることになります。


原爆を止める知性とは?
自我を超える知性とは?
自己が消える知性とは?

そして
ひとつになる、知性とは?
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# by cotomono | 2016-08-08 21:39 | Comments(0)

冒険者

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一年ぶりにドイツ人の友人たちと再会。
自分をフルに使って冒険を続ける彼らを目の当たりにすると、
軽く嫉妬を覚えるほどにうれしくなります。

どんなに世界が狂おうとも、自分の物語を描き続けようと思えた時間でした。
それこそが、この世界を反転させる力になることを信じて。

ありがとう。またね。
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# by cotomono | 2016-08-04 21:00 | Comments(0)

熊本orangeさんでの展示会について

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さて、6月のTibi Gramさんの展示会からすこし時間が経ちましたが、
8月の熊本orangeさんでの展示会について、少しだけ修正とお知らせです。

下記に改めて赤字で修正していますとおり、日曜日は両日とも17時までとなります。
チラシには20時と印刷してしまっております、、誠にすみません。

それから、すでにご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、
orange(橙書店)さんは8月いっぱいで現在の場所から
移転されることとなりました。

なので、結果的に現在の場所での展示会は、わたしが最後となります。
通常、orangeさんは8月は展示を入れないことになっていたのを、
他にスケジュールの空きがないこともあり、無理にお願いを聞いていただきました。
もちろん、今回のスケジュールは熊本の地震の前に決めていたこととはいえ、
久子さんからお電話でお店の移転とわたしで(現在の場所では)最後の展示会に
なることをお聞きしたときは、胸がいっぱいになって言葉になりませんでした。

そのこともあって、お友達でミュージシャンのzerokichiさんがウクレレを持って
展示会初日8/20(土)お隣の橙書店で投げ銭ライブをして下さることになりました!

zerokichiさんにとっても、orange・橙書店さんは思い入れのある大切な場所であり
こういうカタチで時間を共にできることを、本当にうれしくありがたい気持ちです。
たぶん、ライブは夕方くらいからゆるりとスタートするかと思われますので、
ぜひぜひ、福岡からもorange・橙書店に遊びにきてください!

わたしもカバンたちと一緒にorangeに行けることを
本当に楽しみにしています!

::::

キモチをカタチに...
Cotomono EXHIBITION

orange(熊本)
8/20 sat → 8/28 sun

*8/20は橙書店でzerokichiさんの投げ銭ライブ@19:30〜

orange
熊本市中央区新市街6−22
096-355-1276 www.zakkacafe-orange.com
2016年8月20日(土)〜28日(日)
12時~19時(21日(日)と28日(日)は17時まで)
作家在所日:8/20.27.28(予定)

手染めのカバンやシルクスクリーンプリントを使ったオリジナルテキスタイルの
カバンなど、いろいろなキモチをいろいろなカタチにしました。
イラストレーター ムツロマサコさんとのコラボカバンも登場します。
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# by cotomono | 2016-08-01 20:06 | Exhibition | Comments(0)

すべてを満たす一つの物語

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どこからきて、
どこへかえるのか。

思い出そう。
わたしたちの物語を。

「すべてを満たす一つの物語」を。






一粒の光は宇宙と一体になり、さまざまなものを創造してゆく。

星雲を寄せ集めて銀河を創ったり、鏡のような銀河の上をすべって、
色とりどりの星を創ったり、軌道を描く惑星を創ったり...
星雲や銀河、そして無数の星々が、鏡のような水面に映り、
シンメトリーの世界を描き出している。

直線と曲線を使いながら、星々の軌道を追いかけて、
星屑を集めて首飾りを作り、銀河に咲く花で花環を編み...
縦糸と横糸を紡ぐように宇宙は彩られてゆく。
それは永遠とも思える悠久の時間、そして、まばたきしているうちの
一瞬の出来事のようにも思えた。音と音の透き間にある、

時間のない時間で創造は生まれ、育まれてゆく。

ハートの領域で夢を創造し宇宙の創造に加わること、
それは、創造と共に踊る生命の円舞曲。
羅針盤は軽やかにワルツを踊るように回転を続け、
さまざまな宇宙を旅してゆく。

宇宙は回転、回転は宇宙...


ー そう、「創造」の元から意識を保ったまま帰還するには、
    「それ」の本当の名前を言わなければいけないというが...


創造の元でひも解かれた「すべてを満たす一つの物語」には、
よどみなく流れるような宇宙の創造の仕組みが刻まれていた。
なにもない世界に一粒の光が零れ落ちて、その光がどのように
波紋を描いてゆくのか、その進化の過程が描かれている。
今なら「すべてを満たす一つの物語」が書けるような予感がしたが、
この絶対的な光を相対的な言語で語ることはできないだろう。

科学者は科学の言語で、数学者は数学の言語で、
哲学者は哲学の言語で宇宙創造の仕組みを語り、
そして、自分は自分の言葉で「それ」を語ることによって、
一人ひとりの視点が重なり、宇宙全体を俯瞰する目を持ちながらも、
他者の目を通して人類全体で360度の球体の視点を獲得するだろう。

すべての夢は、たった一つの夢へとつながっているように...
すべての物語は、たった一つの物語へとつながっている。


人類が観ている壮大な夢は、宇宙が観てる壮大な夢へと流れ込む。
人類すべての知恵と勇気を持ってすれば、いずれこのパターンは
白日のものとなり、地上へ降りてくるだろう。


人類の集合意識のなかにも「創造」と同じパターンがあり、
わたしたち一人ひとりのなかにも宇宙の創造の仕組みと
パターンが織り込まれているのだから...


ー「宇宙の羅針盤(下)/辻 麻理子」 より一部抜粋

:::::::::::::::::::::


思い出そう。

惑星意識から恒星意識へ。

わたしたちは、そう
双子の地球。


























::
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# by cotomono | 2016-07-10 22:18 | Comments(0)

a common language of the universe

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ああしてやろうこうしてやろうといった思いから離れた状態で、
まるで心をインクルージングしたカラダに委ねるように
カタチを作ったあと、完成したものをじっと見つめていると
時々、声のようなものが聞こえてくる瞬間が確かにあります。

そんなとき、わたしは無意識のうちに
宇宙の共通言語をダウンロードしてるのかもしれません。
というか、宇宙の共通言語を翻訳するために
ただ、カタチ作っているのに過ぎないのかもしれません。

*ちなみに「カタチ」をカタカムナで読むと、
「力が分かれて凝縮したもの」→「広がり」となります。


:::::::::::::::::::::::::::


結論から先に言っておこう。
図形による集合意識の活性化とは、一つの手段にすぎない。
図形的なアプローチ以外にもいくらでも方法はある。
しかし、どんな方法を用いようとも、
その根底には必ず図形が介在していることを知りなさい。

幾何学的なものには普遍的な宇宙の法則がある。
宇宙の構造を理解するうえで、図形によるアプローチが最も純度が高く、
誤差が少ない。
時にさらされても輝き続け、劣化を最小限に抑えられ、
さらに、明晰な状態で無駄なく最短距離を進むことができるのだ。
いかに図形を正確にダウンロードできるか、いかに効率よく描くことができるかが
問われている。

だが図形をどのように翻訳するかという段階で、人の意識が介在してしまうだろう。
なぜなら、現在、地球上で使われている言語とは相対的なものであり、
数字を用いた計算式のように絶対的な答えに至ことはない。
ハートの領域で織りなされる魂の言語を使わないかぎり、時空を超えて誰にでも
通用するというわけではないのだよ。きみたちは、意識を介在させないように
ゼロポイントに入り、無色透明な状態で翻訳作業にあたったが、それでも
言語が持つ曖昧さや多様性、そして、それぞれの言語の壁というものがあるのを
知りなさい。たとえどのような言語を使っていても、1+1=2であり、
平面に描かれた三角形の内角の和は180度になる。

数字や図形、幾何学的なパターンは宇宙の共通言語である。いづれ地球の民も
宇宙の共通言語をあやつる日が来るだろう。今はそれまでの過渡期と考えたまえ。
ただし、ハートの領域で共鳴させなければ、図形は単なる記号に過ぎない。
魂の言語の指針としてこれらの図形を使うことだ。幾何学的なパターンこそが、
夢のネットワークシステムに用いる夢の言語であり、すなわち創造の言語なのだ。

さらに、次のステージの話をしよう。最も重要なことは、アクセスコードの図形、
すなわち星の扉のその一つひとつの意味に拘泥することなく、全体を俯瞰し
パターンを発見することだ。解釈の違いや、その根拠を言い争っていても所詮
*人間レベルの話である。星の扉を通じて、地上に生きる自分の視点と上空から
地球を俯瞰するもう一人の自分という二つの視点を束ねることが大切なのだ。
どちらか一方に固執することなく、包括的な視点に立つことだ。
そして360度の
球体の視点を獲得することができれば、図形を介して多次元的な意識に到達できる
だろう。

それには、宇宙にあまねく拡がる普遍的なパターンを見つけることだ。
木を見て森を見ずという視点に陥ることなく、地上の視点と大空を舞う鳥のような
視点を統合し、木を見て森を見ること。顕微鏡と望遠鏡の双方を使い、
ミクロとマクロを包括的にとらえ、宇宙的な視野を獲得したまえ。


ー「宇宙の羅針盤(下)/辻 麻理子」 より一部抜粋



この本を読んでいたら久しぶりにこれを観たくなりました。
ちなみにタイトルのPowersとは「力」の意味ではなく「*べき乗」という意味で、
「10の力」ではなく「10のべき乗(10n)」という意味です。
Powers of Ten / Eames

(補足で、、)
*べき乗」とは、同じ数をいくつも掛け合わせたもの。
(2のマイナス2乗)は(2)を(マイナス2回)掛け合わせたものだが、
数学の約束によって(2のマイナス2乗)は(1/2)を2回かけたものと定義され
つまり1/4となる。


(補足で、、)
*人間を古い辞書で引くと、「俗二誤リテ、人」とあります。
人間と人とは全く別もの、人間には体もなければゲノムもない。
ところが広辞苑(人体)には「人間の体」とあります。
「人」の体がどうして、人間の体になるのか?
別の何かが、人間になるのか?

これまた不思議ですね〜(笑
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# by cotomono | 2016-07-08 22:44 | Comments(0)

部分であり、全体であり。

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さて、展示会用の制作まっただ中ではありますが、
ある方に教えていただいた「ホロン革命」を読了。


目次をみて、これはきっと面白い!と直感でAmazonで古本をポチリましたが、
さすがにちょっと難解でページをめくる手が重くもなりましたが、自分がなんとなく
感じていることが要所要所で言語化してあり、あぁ、こういうことか!と、
ヒザを打ちたくなる瞬間もあって、言語化することがすべてではないし、
そうすることで失ってしまうものもあるけど、やはり読書とはタイミング。

ものづくりのようなことをやっていると、そのエゴの極みのような
行為にうんざりしてしまうこともあるのですが、わたしのカバンにも
いまだ読めぬ航海指令書が入っているのをなぜだか知っているので、それに
書かれているであろう、宇宙の神秘の一端に触れることができるかもしれぬ
途方もない一瞬のために、今日もただ手を動かすしかないのかもしれません。


ちなみにホロンとは、ギリシャ語で「全体」を意味する holos に
添字 on を付けたもので、on は proton(陽子)、neutron(中性子)のように
粒子または「部分」を暗示する、ケストラーによる造語です。

以下、本書最後の一節をご紹介します。
これを読んでピーンときた方は、ホロン革命、オススメします。


:::

〜高次のリアリティからの信号〜

わたしはこの本を、ある種の信条で締めくくりたいと思う。
発端は40年以上前のスペイン市民戦争までさかのぼる。
1937年、わたしは死刑執行に怯えながら、スパイ容疑者としてセヴィルに
あるナショナリストの刑務所で数ヶ月を過ごした。その間、独房のなかで、
わたしはある種の体験をした。それは神秘主義者が言う「大洋の感覚」に
近いものであった。わたしはそれを自叙伝的な話のなかで説明しようとした。
そしてそれを「窓ぎわの時間」と読んだ。説明はいくぶん散漫だが、まさに
以下の文は「不可知論者の信条」を反映している。

「窓ぎわの時間」によって、わたしは高次のリアリティが存在し、それが
存在に意味を与えているという確信でいっぱいになった。
後にわたしはそれを
「第三次のリアリティ」と呼ぶようになった。感覚的に認識される狭い世界が
第一次を構成していた。そしてこの知覚的な世界は、原子、電磁場、湾曲した空間
など、我々には直接知覚しえない現象を包含する概念的世界でつつまれていた。
この第二次のリアリティは、つぎはぎの感覚的世界のギャップを埋め、それに
意味を与えていた。

同様に、第三次のリアリティは第二次のリアリティを包み、中に浸透し、それに
意味を与えていた。第三次のリアリティには感覚のレベルでも、あるいは概念の
レベルでも説明のつかない、それでいて、原始人の考えていた丸天井の天空を
一気に貫いて入ってくる霊的な流れ星のように、時折、そうしたレベルに侵入する
「オカルト」現象が含まれていた。概念のレベルが感覚のレベルの幻想と歪みを
あばきだしたように、「第三次のリアリティ」は、あの時間、空間、因果性の
正体をあばきだした。自己の孤立、分離、時間的空間的制約は、ひとつ上の
レベルの幻想に過ぎなかったのである。第一次の種類の幻想を真に受けたら、
太陽は毎晩海に溺れ、目の中のホコリは月より大きくなる。同様に、概念的世界を
究極のリアリティと錯覚したら、世界は同じくらい馬鹿げたものになる。
皮膚で磁力を感じることができないように、究極のリアリティを言語的に理解
することは、望むべくもないのだ。それは目に見えぬインキで書かれたテキスト
だったのである。


わたしは、この例えをあれこれいじりまわすのが好きだった。船長がポケットに
封印された航海指令書を入れて海に出る。その指令書は、公海に出て初めて開く
ことが許されている。彼は不安が解消されるその瞬間を待つ。しかしその時がきて、
封を開けてみると、そこには目に見えない指令文しか入っていない。

どんな化学処理をほどこしても見えるようにならない。が、時折、単語が見えるようになったり、子午線を示す数字が見えたりする。しかし、また消えてしまう。
船長には指令文が正確に読み取れない。指令文に従ってきたのか、任務を失敗したの
かもわからない。しかし、ポケットに指令書を持っているという意識があるため、
それを解読できないにもかかわらず、船長の考えと行動は、遊覧船や海賊船の船長の
それと違う。


また、こんなふうに考えるのも好きだった。宗教の創始者、予言者、聖人、占師たちは時折、目に見えないテキストを一部分読むことができた。しかし、その後、彼らは
あちこち文を付け足し、脚色し、飾り立てたから、もはや、彼ら自身にもどの部分が
本当なのかわからなくなってしまった。

- ホロン革命 / アーサー・ケストラー




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# by cotomono | 2016-06-05 16:43 | Comments(0)