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余計なおせっかい。

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ちょうど一年前、ロゴ刺繍をお願いしているソルトさんに、
試作として作ってもらった持ち手用の刺繍。

刺繍自体はとてもきれいに仕上げてもらったのだけど、
持ち手(紐)に加工する段階でのわたしの力不足で...
なんとなく中途半端になっていたものを改めて作り直した。

前回は、紐本体を細いレザー9本編み込んで作っていたのだけど、
見た目はともかく、紐としての不安定さが気になっていたので、
今回は思い切ってロープ(縄)を使うことに。

これだとハトメの穴に通してぎゅっと締めることができて、
長さ調整も自由にできるし機能的。

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で、とりあえずブランケットのカバンに取り付けてみた図。
ちょっと色見が合わずバラバラ感が否めず、ちょっと風変わりな感じも
するけど、ま、いっか。。。微修正はまた後日。


ところで、ソルトさんといえばつい先月、某チャリティー番組
(24時間黄色いTシャツの人が出てる番組)の現地取材を受けてらしたので、
こないだ代表のOさんとお茶した時にどうでしたか?と聞いてみたところ、
なかなかハードな取材だったそうで、スタッフも現地のおかあさんたちも、
みんなくたくたになってしまったとのこと。

ちょうど集中豪雨の直後でセンターの一部も冠水してたりと、普段以上に
混乱している状態での受け入れはそりゃ大変だったろうなぁと想像できるし、
それでも撮影クルーは「愛は地球を救う」的に自分たちの切り取りたい画を
撮って帰らなきゃならないわけで...

うちにはテレビがなく、オンエアを観てないのであれこれ言うことではないけど、
さて、そこらへんはどう映ってたのかな...


思うに、わたしのやっていることもそうだけど、
基本的に「余計なおせっかい」であることを、最低限認識していないと
いかんのではなかろうか...

そうでないと、愛は地球を救うどころか、
余計に奪ってしまうことにもなりかねない。


わたしも肝に銘じておこう。
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by cotomono | 2012-09-30 18:32 | Comments(0)

かりんとう

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大阪滞在、最後の日のこと。

御堂筋線の中津駅からiTohenさんへ向かう道すがら、
自動販売機の硬貨口に手を突っ込んでもぞもぞしているおじさんが見えた。

ぼさぼさの髪、くろずんだ顔、くたくたの服、おっきく膨らんだビニール袋、
どこからどうみても、ホームレスのおじさんだった。

自動販売機のたびに硬貨口をまさぐってはため息をついている。

「おなかすいた。もうずっと、何も食べてない。」
そんな顔をしている。

とっさに、今朝もらった「かりんとう」のことを思い出した。
滞在中ずっと家に泊めてくれてた友人が、お土産にと持たせてくれた
手作りの美味しい、かりんとう。


「これ、よかったら食べてください」

交差点の信号が変わる前に、そう言って手渡そうと思った。

でも、言えなかった。

勇気がなかったのかもしれない。

でも、躊躇したのには少しわけもあって。

その「かりんとう」は、ある方のお母さんが手作りされていて、
その方と旧知の仲である友人に届けられた大切なものだった。
それを「美味しいから食べて」と、お土産にひとつ分けてもらったのだった。


その晩遅くに博多の家に帰り着き、かりんとうを食べた。
疲れたからだにほっこりした甘さが広がり、本当に美味しかったし
持たせてくれた友人の気持ちもありがたかった。


でも、やっぱりわたしは後悔していた。


大切なお土産だった。

でも、だからこそ、
あのおじさんにも「食べてください」と言えたらよかった。





着物やさん帰りの道すがら。

昨日も、そして今日も、
あるお寺の石畳に、おじさんが座り込んでいた。

こんな言い方は良くないけど...
まだホームレスになりきれていない感じで、
うなだれ、途方に暮れている。

昨日は、横目に流しさっと自転車で走り抜けたけど、
今日はわたしの視線を感じたのか、一瞬、目があった。

「困っています」

哀しげな目に、そう、はっきりとあった。




今日はあいにく、かりんとうは持っていない。


この後悔は、ずっと続くのだろう...


だからせめて、それは忘れずにもっていよう。
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by cotomono | 2012-09-27 23:11 | Comments(0)

SEWING TABLE

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大阪での思い出を忘れないうちに、写真だけでも。

iTohenの鰺坂さんに「いいとこだから、いっといで〜」と教えてもらい
大阪の市街地から少し離れたとこにある星ヶ丘の「SEWING TABLE」さんへ。
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もう10年以上前になるか、初期の「クウネル」に掲載されていたこともあり、
たぶん知っている人も多いんじゃないでしょうか...
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この場所についてのあれこれを、わたしが書くとこではない気がするので
詳しくは書きませんが...

数日前のご記帳ノートに、知った人の名前をみつけたときには、
さすがに驚きました。。。不思議...もしかしたら、呼ばれたかな?

お元気そうで、なんだか安心しました。

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「星ヶ丘」という名が表すように、この場所、相当な不動産価値だと思われ、
仮にここに洒落たマンションが建っていたとしても、なんら不自然じゃないけども。

お金では到底手に入らない何かが、ここにはあるように感じました。
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by cotomono | 2012-09-25 23:06 | Comments(0)

everybody feels the same

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くるり/everybody feels the same(LIVE at YONAGO AZTiC laughs)

この曲、はじめてラジオで聴いたときは「うん?」って感じやったけど、
こうやってライブでみると、やっぱすごいかっこいいな。
ファンファンのトランペットが効いてる。


あー、やっぱ音博(おんぱく)行きたかったな〜
来年はこれ目指して関西で展示会やろうかなー(赤字覚悟で...)(笑
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by cotomono | 2012-09-24 23:30 | Comments(0)

のぞみ1号

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くるりの新譜「坩堝の電圧(るつぼのぼるつ)」が最高傑作だと
方々から聞こえてくるので早く聴きたいのだけど...
ただいま旅の後で懐がすーすーしてるので、iTunesの試聴で我慢している(笑

でもどうしても聴きたい曲がひとつだけあるので、1曲買いしてしまった。。。

去年、zeppのライブで初めて聴いて、初めて聴いたのにボロボロ泣いてしまい、
ずーんと心の奥深くまで入ってきて、ずっと忘れられなかった曲。

岸田くんが震災直後の3.13に作ったそのうたは、
上の世代への「労いのブルース」なのだそうだ...


「アトム」だって「ドラえもん」だって、原子力が動力だったんですね。
残念ながら、多くの人々の生活や幸せを奪い、大きな負の遺産を作った原発事故は、
多くの課題を若い世代に残しました。

大切なひとりの友人から、三つの「あ」が大事なことだと教えてもらいました。
「あせらず」「あきらめず」「あてにせず」。

それを若い世代に伝えるためのメッセージ・ソングであり、
同時に、今まで頑張った世代に対する、労いのブルースでもあります。

*9/17付け岸田日記より
http://www.quruli.net/diary/



そういえば去年の夏、実家に帰省した際、父と大げんかをした。

原発を、原発を「しょうがない」と容認する社会を謳歌してきた(親)世代への
恨みややるせなさをぶつけてしまった。
ただ、懸命に生きてきただろう、父を責めても仕方ないのに...

そして、あまりにも大きなツケを背負わされる(子)世代であったはずの
自分もまた、同じ(親)世代になろうとしている。


わたしは、どんな「のぞみ」をもって、
誰かとともに、これからを生きていけるだろうか。








 「のぞみ1号」

 仕方ないから どうにもならないこととか
 素敵な夢見て 結局幻だったりとか

 どうしようもないことを ただ諦める
 前向いていこうや そんな声も 耳を通過する

 通過したのぞみ号は 時速300kmで
 誰にも負けないように 心から走る

 砕け散った心を 拾い集めるように
 街はざわめく人もつぶやく 想いは交差する

 夢見がちなロボットは 決まり文句も
 言えないまま 電池切れ
 涙があふれるよ

 人の心 信を問う この輝かしさよ
 雨を降らし 朝日を浴びて勝手に立ち上がる

 そーゆうことかも知れないなと 誰かが言おうとも

 あてにせず 背筋をただし
 あせることなく あきらめずに 
 立ちはだかれ ここに生かされている
 
 あきらめずに 立ちはだかれ
 涙なんて流すな


 大好きだな この夕日を見送って

 走れ 走れ 走れ 走れ 



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by cotomono | 2012-09-20 22:23 | Comments(0)

今いる場所への慈しみ

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昨夜、台風の風でびゅんびゅんいうなか、
最終便で大阪の旅から博多へ帰ってきました。

iTohenさんでの展示会中、たくさんの方に来ていただき、お話させてもらい、
出発前より、自分がすこし膨らんだ感じがします。

「つくる」ことに対して、大きな迷いのなかにあって、
それはいまも変わらないけれど、大阪で、様々な人の営みに触れたことで、
少し霧が晴れたようです。

自分を動かすために、カバンを作っているところがあるので、
これからもそうであればいいなぁ...と思うことができたのは、
iTohenさんの場所の力だなぁとあらためて感じています。
たくさんの出会いを授けていただき、本当にありがとうございました。


滞在中は移動の電車代以外はほとんどお金を使うこともなく...(笑
色んな人にあれこれ世話を焼いてもらい、大阪人のあったかさに
すっかり馴染んでしましましたー。そんな旅の思い出はまたゆっくり。。

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左からiTohenスタッフの、すみやさん、平林さん、咲子さん、そして鰺坂さん。
めっちゃ、すてきな人たちです。

そういえば今回、かばんの展示風景はほとんど撮らず、
こっそり人ばかり撮っていました...(笑
いまの自分の心の現れかもなぁと思います。


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空港へ向かうリムジンバスに乗る前、くるりの表紙にひかれ(笑
梅田の駅前でおっちゃんから「ビッグイシュー」を買いました。
代金300円を手渡すとき、普段は「ありがとう」しか言わないけど、
なぜか昨日は「がんばって下さい」と自然と口にしている自分がいました。

見知らぬ誰かに、おはよう、ありがとう、げんきで、がんばって、またね、と
笑顔で言える、ただの人でありたいなぁーと思う、そんな大阪滞在でした。


ビッグイシューのなかで、くるりの岸田くんがこんなことを言ってました。
さすがくるり。いいこというやんね(笑


自分の今いる場所がすばらしい場所と思える日も、
そうじゃない日もある。

でも自分が今いる場所への慈しみみたいなものですか、
そういうものが他者の背中をそっと押す原動力になったり、
きっかけになったりするんじゃないでしょうか

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by cotomono | 2012-09-17 20:16 | Cotomono Works | Comments(0)

迷いのなか

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いよいよ明日、大阪での展示会を迎える。

毎回、展示会の前日はいろんなことに思いを巡らすのだけど、
今回はいつもとすこし違うみたい...


もちろん、はじめての場所で、
はじめましての人たちに出会える嬉しさは、いっぱいにある。
作品もいまできる限りのことはやったから悔いはない。
数字的な不安は、いつものことだからもう慣れっこだ。


だからつまり、いつもと同じなのだ。
だけどそこに、いつもと同じ自分がいない。



制作中もずっと、この不在感が気になって仕方なかった。
気にしても前に進めないから、気にせずとにかくやったけど、
心のなかは、それに覆われていた。




10年前のわたしは、つくらなければ(心が)死んでしまうという
危機感に急かせれるように作り始めた。

ものを作りながら自分をつくろうと思った。

いや、ほんとは、自分をつくるために、ものを作る必要があった。
というか、それを与えられた。


10年が経って、つくるということと、再び、
向き合う時期がきているのだろうと感じている。

それは、もしかしたら、作品や商品としての
「もの」では、もうないのかもしれない。



明日からの大事な展示会をまえに、
こんなことを書いてしまう自分はアホやなと思うけど...
大きな迷いのなかにあることを、いったん受け入れてからでないと、
笑って、大阪に行けないと思ったので。

正直に。




今朝、いつも通りかかるお寺の掲示板にこんなことが書いてあった。

 これまででもなく、これからでもなく、
 いまの、ひと呼吸、ひと呼吸が、すべて。




3.11の震災から今日で1年半。
そして、9.11から11年。






::



さて、8回目となる展示会にあたり、
今回もたくさんの方々に支えていただきました。

DMの配布や告知等にご協力いただいたみなさまへ、
この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。


Krank/marcelloさん、いづみ恒商店さん、シルクスクリーン工房メッシュさん、
ちゃぶさん、カメラのS。いつもかわらずのお力添えを、ありがとうございます。
そしてもちろん、忙しい最中、今回も快く送り出してくださった着物やさんに感謝。


それから、土圭屋のかいづちゃん
初対面で「うちに泊まる?」(笑)と言ってくれたおかげで、
はじめての大阪への不安が、ぐっと楽になりました。
助かります。本当にありがとう。


そして、明日からお世話になるiTohenさん
はじめてお邪魔したのは今年の2月。まだ寒い寒い冬の日でしたが、
バス停まで傘を差して迎えにきてくださったスタッフの方や、
人情味溢れる鰺坂さんのあったかさが、そのままこの場所となってるなぁ...と、
ここにカバンたちと一緒にまた来たいなぁ...と素直に思いました。
お世話になります。どうぞ、よろしくお願いします。


この場所で、たくさんの方々とお目にかかれるのを
カバンたちと一緒に楽しみにしております。

キモチをカタチに...
Cotomono手作りのカバンや小物たちvol.8

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by cotomono | 2012-09-11 22:03 | Comments(0)

サーカスさんと荷造り。

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明日の夕方には一足お先に大阪へ荷物を送り出さなきゃなんないので、
今日は最後の作品を作り終え荷造りを。

といいつつ、うっかり金具を買い間違えてしまったことに気付き、
結局、ひとつは明日仕上げないといけないハメに...
で、それ以外は、よし、これで忘れ物なし!と段ボールのフタを閉じようとしたら、
目の前に掛けていた大きなカバンが目に入り、いかんいかんと慌てて詰め直す次第。
さいきん、以前にも増してボケボケぶりに拍車がかかってる気がする。。。



絵描きのoshowに描いてもらった、不思議な人びとは、黒のポーチになりました。
赤と白のストライプの内布がちらっと見えて、なんだかサーカスみたいなので、
こちらは「サーカスさん」と呼ぶことにしました。
レザーで留め紐を作ろうかなとも思ったけど、余計なことしない方が
絵が生きるような気がするので留めは付けずにシンプルに。


そんなこんなで、ひとまず、終了。
はー、ビールでも買いに行こ。



+

「市場からの撤収」/内田樹の研究室
貨幣や商品は本質的には「将棋の駒」である。
重要なのは「将棋を指す人間の中で活発に活動している人間的資質」の方である。


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by cotomono | 2012-09-09 17:36 | Comments(0)

Impaction

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この度、お手伝いしているNGOの仲間たちが「Impaction」という本に、
“グローバル資本主義の根本問題”というテーマで寄稿しました。
おそらく、このブロクを読んでる方で興味のある人はほとんどおられないと
思いますが、実は自分たちの生活と密接につながってたりしますので、
気になる方は本屋さんで探してみてください。


...といいつつ、この手の本はわたしには少々難解で普段は手を出さないんだけど、
一冊もらったので(笑)寝る前に(半分寝ながら)ペラペラとページをめくって
いたら、ぐっと惹き込まれるページがあったので、さかのぼって真剣に読み進めた。
で、これ誰書いたんだろう?と最後に筆者をみたら、高祖岩三郎さんだった。

去年、岩祖さんが書かれた『死にゆく都市、回帰する巷』を読み、
すっかりはまってしまった自分を思い出して、ちょっと不思議なきぶん。
しかし、なんでこの人の書くものに惹かれるんだろう?


で、また性懲りもなく、一部を書き起こしでご紹介します。。。
あ、こういうコピペ的なものもACTA始まったらアウトになっちゃうのかな〜
やー、こわい、こわい。。。


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Impaction186号57〜60pより

〜負債と放射能

「負債」とは、経済と呼ばれる活動領域が、金融資本主義を経て、全面化した様態であり、その最も日常的な表現である。現在、負債のない人間、機関、組織は皆無である。それが出発点である。学費ローン。クレジットカード、質屋通い、医療費、住宅ローン、大小ビジネスへの投資、国債 ー 民衆からビジネスから国家まで、負債とその操作こそが今や経済の主な顔なのだ。ただし額面の大小が、同時に階級的/存在論的差意を示している。人類学者デヴィットグレーバーの『負債論ー最初の5000年』巻頭句が言う様に、「銀行に10万ドル借りているなら、銀行が君を支配している。だが、一億ドル借りているなら、君が銀行を所有している。」負債は、まさに経済と呼ばれる文明に公認された活動の中枢に宿る暴力を体現している。貸した者は、借りた者を人質にし、奴隷としてその生を捕獲する。借りた者は、自らの生も他者の生もそうした関係性のとしてしか認知することが出来なくなる。これこそが暴力の根源に位置する関係性である。借り賃が小さいだけ、人々は生活苦を体験するが、大きいだけの人は権力ゲームの部分となる。今日、怪物的に進化した金融テクノロジーは、生産過程から可能な限り自律した領域で、金に金を生ませる為のものであり、そこでは資金の流用、つまり借金額が多ければ多いだけ、ゲームの参加の幅が拡大する。そして無論、このゲームの過剰が今日の金融機構融解に繋がっている。

1971年ニクソン大統領が、ドルの金への兌換制を一方的に排し、浮遊する貨幣の体制を世界に強要したのは、合衆国が大量に保有する金の価格を引き上げ、弱小諸国が大量に保有するドルの価格を下落させ、世界の富を自国へ引き寄せる為であった。それもインドシナに落とす大量の爆弾を購入する為に...。「近代の貨幣は、政府の負債にその基盤がある。そして政府は、主に戦争に融資する為に金を借りたのだ。」今日アメリカ合衆国の天文学的な国家赤字を許しているのは、中国や日本などの諸外国がその公的負債を買い続けていることだが、それは桁外れに大きいアメリカの軍事費と無関係ではありえない。そしてそれはアメリカの核軍備と原子力の保持と無関係ではありえない。

現在、日本で起こっている民衆運動は、「反/脱原発」と総称されている。「原発」を止めること、それが第一目標である。だが、そこに介在する諸問題は、諸外国の「環境運動」「反原発/反核運動」が想定してきたそれより、はるかに重層的で厄介なものである。日本に生きる人々が直面しているのは、シングルイシューとしての原発問題ではない。むしろこれまで挙げきた「民衆の生」にまつわる全ての危機が、放射能の拡散と原子力国家の問題に相乗され、重ねられ、変容された状態ーつまり「+N」の様態ではないだろうか?言い換えると、日本で起こっていることが、「環境問題」であるならば、それは狭義の「環境」ではなく、統合的な意味での「環境」あるいは「エコロジー」の危機であろう。

「環境」とは、地球において、生命体が生息しえる大気圏という薄い層のことである。現在、そこで起こっていることは、最早、自然と人工に二分しえる状態ではない。それらが複合的に入り混ざった「相関性」として以外に捉えようがない。それは気候という大気の運動から交通や配給など社会的機能からわれわれ個人の身体と心の様相を含み、それら全ての相乗効果によって形成されている。放射能が環境全域に拡散しつつある圧倒的な脅威の中で、生き延びる為にそれに知をもって対決しつつ、政治/社会的闘争を同時に担っている日本民衆の状況こそが ーむしろ不幸なことにー 今後、世界の民衆闘争のモデルとならざるを得ないだろう。

放射能の拡散は、今日、民衆が生き延びる為に、共通財(コモン)を育て、共産化(コミュニゼーション)に繋げていくという志向性にとって最大の挑戦である。まず原子力国家は、そもそも己の存続の為に、あらゆる手段を駆使してこの「生の闘争」を妨害している。だからこそ、日本各地で無数の人々が共に立ち上がり、自力で科学を学び、機材を購入し、技術的に放射能拡散の「複雑系」に対応していかねばならない。国家の政策と闘いながら、守り育てねばならないこの自律性は、これまで以上に困難で戦闘的にならざるを得ないだろう。

そこには経済の枠を越えた広義の「負債」が介在している。われわれはみな社会と国民/国家に恩がある、という関係像である。まさにここで、原子力災害の費用を人々が税金を通じて無際限に払っていくこと、瓦礫を受け入れること、汚染された食料品を買うこと、子どもの為に年寄りが汚染された食物を食べること、汚染地区に敢えて残ること、原発労働を肯定することが、交差してしまう。ここでは「しがらみ」が「連帯」と混同されてしまう。この重合点から脱出することは容易ではないが、そこにこそ、社会/国家の捕獲と闘いつつ、最も単純かつ素朴な意味における「ただの生」を守り育てる可能性が介在している。つまり、そこにこそ日本列島おける「共通財(コモン)」を地平とする闘争の困難と可能性がある。

日本で生起している状態は、日本列島に留まる問題ではない。物理的事実として、放射能は拡散し続けている。それを世界原子力体制に支えられた世界資本主義が容認し助長している。言うまでもなく、その最大の影響源は、アメリカ合衆国の経済的軍事的利権である。そうしたこと全てが、日本で現在進行中の紫陽花革命の継続/発展の内に、われわれの世界反資本主義意闘争の共鳴性を通じて、ことに今年10月の東京におけるIMF/WBの年間総会に向けて、より明確な関係性として露呈されてゆくだろう。


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by cotomono | 2012-09-05 21:04 | Comments(0)

どうでもいいです。

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尖閣諸島と竹島。
それぞれ、(中国(台湾)と韓国と)仲良く一緒に使いましょう...
ってわけにはいかんのやろうね。

我が国の領土って言われても、そこに自分の知り合いはいないし、
ぜんぜんピンとこないけどなぁ。

というか、岩だらけの孤島を20億円も出して買うお金あるなら、
被災地のくらし(仮設住宅など)の改善のためにつかって欲しいです。


永田町のおじさんたちも、外交とか視察じゃなく、
バックパッカーで世界を旅したら、もうちょっと想像力が湧いてきて、
いいアイデアでできそうなもんだけど。


てか、もう国家とか領土とか、
ほんと、どうでもいいです。


あ、維新はっさく、やっぱり最悪ですね。
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by cotomono | 2012-09-04 00:11 | Comments(2)