<   2011年 12月 ( 11 )   > この月の画像一覧

動いて、変えていく。

a0072072_20123588.jpg

今日でかばん屋さんも仕事納めということで、
日頃からお世話になっている方々へ、仕入れを兼ねてご挨拶まわり。


朝から常連さんで賑わうご近所のお助け屋こといづみ恒商店さんでは、
いつもの金具類をいつもの引き出しからピックアップしてレジにてご挨拶。

今年、カメラバッグのコラボがスタートしいっぱい助けてもらったアルバスでは、
来春、ふたたびお願いすることになった展示会のことなどを話ながら、
仲良く元気に働く、まりちゃん、中田さん、そして、さきちゃんの
3人娘を眺めながら、アルバスよ永遠なれ〜...と心でつぶやいたり。

そして、いつもセンスの良い生地を仕入れて下さるkrank-marcelloさんでは、
欲しいな〜と思い続けて早1年、それはそれは素敵なワンピースを横目に、
もうちょっとカバンでがんばったら買えるかなぁ...と、
春かばんに良さげなフランスのデッドストックの大判生地を2種類。
それから、ベルギーの郵便屋さんの集荷袋だという大きな袋も3つキープ。
こちらはそのまま使うより、テント生地と合わせて作るとおもしろそう...
いい生地(素材)には、はじめから「なりたい姿」があるので、
わたしはそれに導かれるままに作るまでなのだ。。。
金子さん、藤井さん、いつも本当にありがとうございます。



最後は、ほぼ毎日「ただいまー」と、ネギ1本、りんご1個、お豆腐1丁
おしゃべりがてら買い物している近所の八百屋さんへ今日も。。。
今年はおばちゃんが天へ召され、さぞかしおじちゃんも寂しかろうと思いきや、
秋頃から新しいおばちゃん(しかも美人!)が番台に現れたので、いやいや、
おじちゃんも隅に置けんね〜と思ってたら、ただのご親類(いとこ?)だそうで。
でも、新しいおばちゃんも人懐っこく明るく面白くてすっかり仲良しになった。
今日は賞味期限が昨日で切れてたお豆腐を2パックもくれる(食べれんっていうに...

「また来年も忘れずに来てね」と言うから、忘れるもなんも家、目の前やし...(笑
新おばちゃんの名前はまだ知らんけど、甘いりんごの見分け方や(これはおじちゃん
昔、文房具やさんをやってたことや、わたしが新おばちゃんの姪っ子に顔が似ている
ことや、かばんの展示会は絶対行くけんね(アルバスの近くにお住まいらしい)とか
まぁ、そんなどうでもいい話を毎日できるというのはほんとに幸せなこと。感謝。
おじちゃんも、新おばちゃんも、くろ(犬、もうろく中)もずっと元気でね。






さて。
そんなこんなで、今年もおしまいの日まであと2日。

とにかく、作って、作って、作った一年だった。
時間もお財布もぎりぎりだけどよく回せたもんだなぁ〜と、
我ながら思う。

展示会の度「ここでコケたら次はない。」と、小さな覚悟はしてるけど
今年は、コケる不安より、コケてもどう起き上がるかをずっと考えていた。
というか、いまもずっと考えている。

「つくること」を続けていくことだけは、もう揺るがないから。


しんどいから、いつかやめてやろう、と思いながら続けるのと、
しんどいけど、ずっとやっていこう、と思いながら続けるのでは、
おなじようでいて、日々の重さがぜんぜん違う。

そして、その日々の積み重ねの先にしか、
今日も明日もないし、振り返る昨日もない。






と、そんなかっこいいこと云ってみても、
すべてを足下からもっていかれる日も来るかもしれない。
それは、ぜんぜんありえる現実未来。


だから、考える。
考えて、動く。


動いて、変えていく。
[PR]
by cotomono | 2011-12-29 22:06 | Comments(0)

リペア

a0072072_2030458.jpg

着物やさんは今日が仕事納め。
午前中でお手入れ作業は終わらせ、午後からは大掃除恒例の床磨き。
最初はうげ〜と思ったけど、やってみるとこれがほんとに大変だけど
やると清々しく、これをやらずして年は越せんと1階から3階までの
床という床をぴかぴかに磨き上げた。

着物やさんのお仕事も来年で6年目になる。
ようやく、仕上げ(プレス)に限っては職人見習いを卒業できたかな。。。
ちなみに紋職人であり着物の修復師でもある社長は今年も博多マイスターとして、
伝統工芸師の全職種でたった一人表彰され、着物業界はやはり先細りではあるけど、
唯一無二の腕があるというのは強い。そして、いつも社長とお話してて思うことは
自分の仕事に誇りを持って、愛していらっしゃるということ。

手仕事は職人の心根がそこに全部出てしまうので、
「つまらん」と思ってやってると、やっぱり「つまらん」ものになる。
まぁそれは、手仕事に限らず全てに通じることであるけども。。。
来年も、着物の仕事に感謝して一生懸命にやろう。



さて夕方、「書道かばん」を無事に神楽坂へ送りだし、
今年の制作はひとまずフィニッシュ。あとは年明け、心新たにがんばるとして、
なんとなく、今年中にやり終えておこうと思っていたリペアに取りかかる。

ひとつは、去年の夏に神楽坂でお買い上げ頂いた
フランスのデッドストック生地で作ったかばん(写真のやつ)。

自分でもすごく好きなかばんで、
なんとなく少年みたいな男の人に持ってもらいたいなーと思ってたら、
ほんとにそんな方が買って下さり、びっくりしたのを覚えている。

で、その時一緒にいらした婚約中であった彼女さんが、
1年と3ヶ月が経ってふたたび、今度は赤ちゃんをベビーカーに乗せて
「修理してください」とフラスコにお持ち下さったのだ。

ちなみに、紐の取り付け部のカン(金具)が外れてしまっているのだけど、
取り付け分の「カシメ」という釘みたいな金具を外さないと取れっこないんだけど
何故かカンだけが、すっぽり外れてる。。。まるでマジックのような取れ方で
奥様曰く「うちの、ものを壊す天才なんですよね〜」とのことだけど、
ほんとに不思議。お医者さまなので、もしかしたら外科手術されたかな...(笑

でも、ほんとによく使っていただいてるそうで、ありがたいことです。
修理しながら「作りが甘いな...」と反省もしつつ、
内布に付けてたロゴの刺繍も取れかかっていたので、
そこも一緒に修理しながら、仕上げにきれいにアイロンをかけてリペア完了。
なんとも幸せな気持ちになった。。。

もうひとつとふたつは、仲良しRさんにもらわれた子たち。
こちらは紐の仕様を変えたりとちょっと時間がかかるので明日の宿題。



作ったり、直したり、
どっちもすきです。
[PR]
by cotomono | 2011-12-28 21:31 | Comments(0)

柳 宗理

a0072072_18362856.jpg

24日、クリスマスイブが深まる夜更け。

すこし飲み過ぎて冷えてしまった体をゆるめようと、
いつもより温かく多めの湯船につかっていると、
どこからともなくふと、柳さんがぽっかりと浮かんできた。
湯気でぼやけた脳裏に、ふと、柳さんが現れた。


それから、どどどぉぉぉ...と、柳さんへの思いでいっぱいになって、
この日記にその丈を吐き出そうとするも、走馬灯のようにいろんな思いが
溢れてきてうまく書くことができず、

ただただ、「ありがとう」でいっぱいになるばかりで、
その夜は、柳さんに心のなかでお礼の手紙を書きながら眠りについた。




25日、クリスマスの朝。

目が覚めると同時に「あぁ、柳さんの写真を撮らなきゃ」と直感的に思って、
本棚の奥から久しぶりに『Casa BRUTUS』をごそごそ取り出し、
そう、そうだそうだ、、、わたしはこの柳さんの笑顔が大好きだったんだと
朝日が昇ってきた窓辺に広げ、シャッターを切った。




今朝、パソコンの電源を入れると、
<訃報>柳宗理さん死去、96歳の文字が飛び込んできた。

25日、柳さんは天へと召されたのだった。
突然のようで、でもずっと分かってたことのようで
そのまま、パソコンの前でわーわーと声をあげて泣いた。





あぁ、そうか、
そうだったんだ...



柳さんは、
わたしのところへお別れに来てくれたんだ。


雲のうえの人で、お目にかかることなど生涯なかったけれど
あんまりにもわたしは柳さんのことが大好きだったから。

「もう逝きますよ、もう、大丈夫だね?」と、
わたしのところへも、お別れに来てくださったんだ。





思い返すと、わたしのものづくりの原点が故に、
これまで、ほとんど誰にも話してこなかったのに
今年は不思議と、柳さんのことを誰かに伝えた一年だった。

春は福岡、リトルプレスで、
夏は弘前、松ノ木荘で。


「なぜ、つくっているのですか?」の問いかけに、
柳さんのことを話さずして伝えることはできなかった。

そして、12月の東京では、過去の点と点が線となって、
現在へとつながるような経験をさせていただいた。


柳さんに、「原点を忘れてはいけないよ」と
ふたたび、教えられたような気がした。






柳さん


わたしはバタフライスツールはおろか、
ステンレスケトルもスプーン一本も持ってやしません。

でも、それらに込められたあなたの真心は、
いつもわたしの真ん中にあって、いまも問いかけてきます。


25歳のとき、
あなたというデザインマイスターに出会わなかったら、
わたしは、こうして「つくる」ことができていなかった。


あなたのような人になりたい、

あなたのような、
美しいものをつくる人になりたい。



28歳のとき、
そんな思いを込めて、一生懸命に投げた石(意思)ころは、

あなたのところへ、ちゃんと届いたでしょうか?






柳 宗理さん

あなたはいつまでも、
わたしの、こころの師匠です。



ありがとうございました。



ほんとうに、
ほんとうに、

ありがとうございました。


そして、

さようなら。
[PR]
by cotomono | 2011-12-26 20:00 | Comments(3)

何かをつくる行為は仲間を見つけることにつながる

a0072072_238762.jpg

日が暮れた頃、時を見計らったかのように小包が届く。
展示会の最終日、飛行機の時間がぎりぎりで残念ながら会えなかった
satomiさんからの、小さなメリークリスマス。

思いがけず、びっくり!!
お心遣い、本当にありがとうございます。
またきっとお目にかかれますように...



さて、今日も朝からくるりを聞きながら針仕事。
くるりといえば、この吐き出し日記をたまたま読まれたという
東京のくるりファンの方が、カバンをひとつ買ってくださった...
おそるべし、くるり。そして、さんきゅう、くるり!!


それはさておき、
今年最後となる制作は、神楽坂の美容師Nさんのかばん。
いつも柔和な笑顔のNさんはとても多才な方で、
お仲間と一緒に音楽(和楽)をされたり、絵を描かれたり、

最近は「書」を始められたそうで、半紙バサミと筆がきちんと収まる
内ポケットを付けた、その名も「書道かばん」をオーダー下さった。

素材には、撥水加工の黒帆布に絣をイメージしたシルクを黒でプリントしたものに
内布には構造を強くするためにテント生地を張って、硯とか重いものを入れても、
ぐにゃ〜とならないように。。。しっかりとね。

「書」と言えば、東京の展示会では「むらさき」をお買い上げ下さった
若き書道家Sさんのほかに、楽書梨世さんという方もふらっといらして、
短い時間であったけど古代文字のお話など興味深く楽しいお話をして下さったな...
というわけで、不思議と「書」つながりの今回の神楽坂であった。



閑話休題。


昨日の忘年会でも皆で話していたことだけど、
わたし(たち)のまわりには、好きな事だけでは充分に食べられないけど、
いわゆる兼業(二毛作ともいう)しながら好きなことを具体的に続けて
いこうとしている人がたくさんいて、いつのまにか仲良くなってたりする。

群れるというのとは違うけれど、それぞれが、自分の方法を持ち寄ることで
何かのヒントになったり、これだったら自分もやれるんじゃなかろうかとか
ちょっと希望をもてたりする。
そもそも、つくる(表現)行為はひとりでは成立しないのだから。

だから人とつながろうとしてやっているわけじゃなくても、結果的に、つながる。
そして、つながるってやっぱり「うれしいこと」だから、また何かをやりたくなる。
そういう「きもち」という信頼の輪のなかに居ることで、安心して自分たちの経済を
回していけるといいなぁ...と思う。


そんなことを、針仕事をしながら考えていたら
映画監督の富田克也さんのインタビュー記事が目に留まったので、
例のごとく、また一部転載させていただきます。


::


仕事というのを終身雇用みたいなものとして考えたことで、
それが安定という名のもとに人を縛ってきた。
終身雇用なんていう幻想が消えた現代にあって、皆が不安になっている。
縛られたら縛られたできつい、なくなったらなくなったで不安というわけです。

そもそも僕らは大きな資本からは相手にされない。
しかし、だからと言って、僕らがやっていることは意味がないのか?

僕らがやっていることはそもそも「仲間を見つける」というプロセス
そのものだと思っています。


諦めないで上映会をやり続けたら、「おもしろい」と言う人が現れ、
またプロの俳優さんが「出たい」と言ってくれる、力を貸してくれる人々が
沢山集まってきてくれました。

要するに映画を作り、上映する行為そのものが、
仲間を見つける行為そのものなわけです。


「こういうやり方が正解だ」
と思われている範囲から視野を広げたとき見えてきたのは、
世界には自分たちと同じことをやっている人もいて、
自分の試みがきちんと評価される場所もあるということです。

僕は映画制作集団「空族」の一員として映画を撮っていますが、
空族は“正解”が嫌いです。
社会というのは得てして“正解らしきもの”を振りかざして詰めよってくる。

それは目先だけを見つめていたら中々視野に入ってこない。
仲間を見つけていくことは大事だと思います。

ただ、若い世代に「仲間を見つけろ」と言うのは、
「夢をもて」というくらい、難しいことなのかもしれない。

だからもし映画を撮りたいと思う人がいるなら、
まずは自分ひとりでやってみることだって今はできます。

そこには必ず被写体がいるはずです。
仲間を見つけてからじゃないと映画を作れないじゃなくて、
映画を作る行為そのものを、仲間を見つける行為だと思って
始めればいいんじゃないかと思います。

これは映画に限った話ではないと思います。
何かをつくる行為は仲間を見つけることにつながることだし、
それが物事をつくる原動力になっていくのではないか。
そんなふうに思っています。





[PR]
by cotomono | 2011-12-26 00:13 | Comments(0)

ありがとう。

a0072072_1103259.jpg

今夜は毎年恒例の、イラストレーター土器修三さん宅にて忘年会。
贈ってもらったシャンパン(ちぃちゃんありがとう、美味しかった。。。)を
背中にからい、木枯らし舞う冬の街を自転車でひとっとび。

集まるのは、いつもいつもほんとにお世話になりっぱなしの
シルクスクリーン工房メッシュ平川さんつながりの70代から30代までの面々。
持ち寄りの料理を肴に、夜更けまで語り語り...


今年はほんとうに色んなことがあって、痛みを負った人たちに
何もできやしなかったけれど、その分、ちゃんと生きよう、
生きなければと思うばかりであった。

そして、こうして「つくる(表現する)こと」を愛おしく思う人らと
つながっていられることへの感謝の気持ちでいっぱいになった。



ただ、ただ、


ありがとう。

ありがとう。



ありがとう。
[PR]
by cotomono | 2011-12-25 01:21 | Comments(0)

An eye for eye will make us all blind

a0072072_145219.jpg

John Lennon - Happy Xmas (War Is Over)
[PR]
by cotomono | 2011-12-23 01:49 | Comments(0)

石投げと、口説く人。

a0072072_22233699.jpg

ものづくりを、生活の(半分)糧とするようになってからというもの、
いま、やっていることと同時に、ひとつふたつ先の方への目印となるような
石投げをやるようになった。

わたしのように細々とやっている者は、ひとりでたくさん投げたり、
無闇に遠くの方まで投げたりはできないので、そこは色んな人の力を貸してもらい、
いっこ、いっこ、「届きますように」と思いを込めて投げている。

もちろん石を投げたからといって、思う場所にそれが届いてるかはわからないし
知らない誰かに蹴られて、行方知れずになっている可能性だってある。
だから、後からそこまで行ってみて、「あぁ、ちゃんと落ちてたね」と
確かめるしかない。

そして、その届いた着地点を軸にして、またどこかへ石を投げるのだ。
そんな石投げを、くりかえし、くりかえし、やっている。


先週末、そんな風にして投げていた石から、
「ここですよ」とお知らせが届いた。

ご縁ができたらいいな、と本当に本当に思っていたので
ほんとにうれしい。ありがとうございます。。。


ちょっと先だけど、
来年のGWは、かばんたちと一緒に
橙いろした熊本へ参ります。






:::



別に、糸井シンパというわけじゃないけど、
「今日のダーリン」に書かれている言葉には、ときどき救われることがある。
アーカイブを残されないようなので、覚え書き的に転載させて頂きます。



  なんにでも「口説く側」と「口説かれる側」があってね、
  ちょっと、「口説く側」のほうが強そうに見えるんだ。
  先生と生徒がいる教室だったら、
  えらそうに見える先生のほうが「口説く側」だ。
  ある授業をして、生徒たちに
  なにかを知ってもらわなきゃならないからね。
  生徒のほうは、つまり、寝ちゃったりしたら、
  いくらでも先生を困らせることができるんだよね。

 
  なにかものをつくって、使ってほしい買ってほしい人は、
  もちろん「口説く側」に立っている。
  使う人、買う予定の人、買わないかもしれない人は、
  みんな「口説かれる側」に立っています。
  「口説かれる側」が「ぜんぜん、いらなーい」と言えば、
  「口説く側」は、ぐんにゃりしちゃいます。

 
  文字通り、恋愛にも、
  「口説く側」と「口説かれる側」があります。
  元祖「口説く」ですよね、恋のシチュエーションは。
  これも、「口説く側」がどれほどがんばっても、
  「口説かれる側」の「ごめんなさい」で終っちゃう。


  ものすごい不平等な関係にも思えますよね。
  逆に「口説かれる側」って、万能? 無敵?
  とにかく「いやだ」「きらい」「のらない」ってね、
  言ってさえいれば、それで済むんだもの。

 
  どこで、「口説く側」と「口説かれる側」に分かれるか?
  それは「やりたいこと」があるかないか、によってです。
  やりたいことがある人が、「口説く側」に立つしかない。


  知恵や知識を教えたい先生、
  つくったものを買ってほしいい人、
  好きな人といっしょになりたい人、
  なにかの企画を思いついて実現したい人、
  みんな動機や目的のある人なんです。
  それを実現するのには、相手を口説かなきゃならない。
  そういうしくみになっています。

 
  たいへんですよ、「口説く側」に立つというのは。
  でも、そのめんどくさい側に立たないと、
  ただ待ってるだけの人生になっちゃうんですよねー。









売れなくても、フラれても、
めんどくさくても、なきべそかいても、

口説く人で、わたしはありたい。

そっち側の方が、きっとおもしろい。
[PR]
by cotomono | 2011-12-19 23:41 | Comments(2)

贈り物

a0072072_23453176.jpg

東京の展示会にカップルでお越しいただいた方から、
後日メールをいただき、お相手の方がとても気に入っていたかばんがあるので
サプライズでクリスマスプレゼントにできないか?とお問い合わせを頂いた。
残念ながら現物は売れてしまっていたのだけど、ステンシル済みの生地を
予備にとっておいたので、昨日今日と着物やさんから帰り次第急ピッチで制作。。。

ほんとはオーダーをいただいた順に制作するのだけど、
クリスマスプレゼントに、とのご希望であればね...
やりますともやりますとも(笑
お相手の方、びっくり!喜んでくださるといいなぁ。



プレゼントといえば、わたしも先日
ものすごくうれしいサプライズプレゼントをしてもらった。

展示会から2日後の夕方、東京から引き上げ分の荷物がクロネコから届いた。
荷物が入ったおっきな段ボールの上にもうひとつ箱が乗ってるので
「なんだろう?」と送り状に受け取りのサインしながら宛名をみると、
遠くに暮らす友達からであった。

包みを開くと、「展示会おつかれさま」と心のこもったお手紙と
美しいフォルムをしたシャンパン、それにまるでわたしの「手」を象ったような
ブロンズ製のミニュチュアが小さな黒い箱に入っていた...


正直、いろいろ疲れ切っていたので、
緊張の糸が解けたように、うれしくてありがたくて、
ほろっと涙がでた。。。



誰かに贈り物をするということは、
ただ、物を贈るだけでなくて、
相手にはみえない思いや、たくさんの時間が込められているから
尊いのだと思う。



オーダーいただき、ほんとうにありがとうございました。
[PR]
by cotomono | 2011-12-14 00:27 | Comments(0)

熊本と、むらさき息を吹き返す。

a0072072_1816426.jpg

東京の展示会の直前、ある若き書道家Sさんから突然メールを頂いた。
かばんと、このごく個人的な吐き出し日記に興味を持たれたそうで...
先週の日曜日、とても美しい奥様とご一緒に「フラスコ」にお越しいただいた。

Sさんはご自身の直感を信じて脱サラし、感銘を受けたある有名な書道家の元に
弟子入り後に独立、現在は書道教室などをされながら、感性を大事にした書を
子どもたちに教えていらっしゃるそうで、清々しさの中に情熱を秘めた方。

そんなSさんは、わたしのHPのトップにでてくる手染めの「むらさき」に
ずっと興味を持って頂いてたそうで、ぐるりと展示品をみられたあと、
「あの、むらさきはまだありますか?」と遠慮がちにおっしゃって下さった。


a0072072_18413255.jpg

ちなみに、あの「むらさき」とは、この「むらさき」のことで、
2009年の展示会以降、何度か世に出したものの、興味は持たれるけど
買い手が付かず、結局クローゼットの奥に長らく眠った状態にあった。

買い手が付かなかった理由は、持ち手の使い勝手の悪さにあるのだろうと
自己分析していたので、いつか持ち手をレザーにリペアしたら良かろうと
秘かに思ってはいたものの、日々のあわわにそんなことも消え去っていた。

しかし、やはりこの「むらさき」は使い手を求めて世に出たかったのだろう...
Sさんという存在が、クローゼットの奥に眠っていたものに、
ふたたび息を吹き返すチャンスを下さった。


いい方にもらわれて良かったね、むらさき。
そしてSさん、ほんとうにありがとうございました。




a0072072_18581184.jpg

さて、冷たい小雨の降るなか、昨日は朝から高速バスに飛び乗り熊本へ。

来春、福岡での展示会と前後して熊本でも展示会ができればと、
少しまえからコンタクトをとらせて頂いていた「orange/橙書店」のTさんを訪ね、
短い時間のなか、ご紹介いただいたギャラリーさんにも足を運ぶことができた。

「orange」さんへは6年ほど前だったか、いつもお世話になっている
九大のTさんの結婚式のあと、一度連れてきて頂いたことがあったが、
その当時はまだ小さな雑貨店という佇まいだったが、6年ぶりに訪れてみて
その世界感に、すっと惹き込まれるようであった。

とくに、隣に併設された「橙書店」は、店主Tさんの揺るがない信念が、
選び抜かれた本たち、一冊一冊に宿っているようで、
その空間にいるだけで、本たちとの無言の語らいがはじまるようであった。




福岡という、とても便利のいい九州のラウンドマーク的な都市に暮らしていると、
そこに満足してしまい、案外それ以外の地方都市に足を運ばなくなってしまうけど、
久しぶりに熊本の街を歩き、路面電車やお城、「新市街」というちょっとださい
(失礼...)ネーミングに象徴されるような、でもいい意味で洗練されてない
アーケードを行き交う人や、文化(巷)に直に触れ、
あぁ、この街は「生きている」と実感した。


そして、やはり熊本城にはアイデンティティを感じる。
もうそこに殿様はいないけれど、みえないけれど過去から現代へと続く
普遍的な物語があって、静かに街を見守っている気がした。

それは青森弘前にも感じることであって、弘前城と岩木山、熊本城と阿蘇山、
お城とお山のあるところには、いい文化が育っている。


まだスケジュールは調整中ではあるけれど、
来春、かばんたちと一緒に熊本へ行けることが
ほんとうに楽しみだ。
[PR]
by cotomono | 2011-12-11 20:02 | Comments(2)

原発輸出 ~福島原発以後も進む、官民連携ビジネスを考える~

a0072072_2134069.jpg

ちょこちょことお手伝いしてます国際協力系NGOが、
来週末に原発輸出についての学習会イベントを開催します。

原発の問題だけでなく、この灰色の世界を覆っているものの構造的な
根源はおなじだと思います。しかし、「YES」「NO」と、シングルイシューでは
語れないことばかりで、もはや考えるのを止めてしまいたくなりますが、
重大な岐路にある2011年が終わるまえに、私自身いまいちど「原発」について
灰色の根源について、考えてみたいと思います。





以下、転送歓迎::::::::::::::::::::::::

〈〈〈〈 原発輸出 〉〉〉〉 

~福島原発以後も進む、官民連携ビジネスを考える~



【日時】12月17日(土)18時半~21時
【会費】会員500円/一般1,000円/学生300円
【場所】福岡市人権啓発センター(ココロンセンター)
【内容】
2011年10月31日、ベトナム政府は日本からの2基の原発導入を
決定しました。また、日本政府はトルコ、インド等との交渉も進めており、
日本の原発輸出政策は国家的プロジェクトとして、福島第一原発事故
を経験しても、以前と変わりなく進められています。

3月11日後の福島第一原発の混乱も収束出来ていない中で、日本政府は
何故、強行に原発輸出を進めているのか。
原発導入危機にさらされている発展途上国において活動実績のある、国際環境
NGO、FOE JAPANの渡辺氏を迎えて、皆さんと一緒に、原発輸出の相手国側
の視点も持ちながら、今回の原発輸出問題と、私たちに何が出来るのかを一緒
に考えてみたいと思います。


【講師】渡辺瑛莉 氏
FoE Japan 開発金融と環境プログラム

京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科東南アジア地域専攻(修士)を
経て、2008年からFoEJapan開発金融と環境プログラム所属。日本のODA事業である
マレーシアのダム建設事業での環境社会配慮の向上を求める活動などを行っている。


【補足】国際環境FOE JAPAN 
FoE Japanは、持続可能な社会を目指し、気候変動、森林保全、開発事業における
環境社会問題など、地球規模から地域に根ざした環境問題に取り組む国際環境NGO。
世界77ヵ国に200万人のサポーターを持つFriends of the Earth International
のメンバー団体として日本では1980年から活動を行っている

【主催】 債務と貧困を考えるジュビリー九州
【お問合わせ先メール】jubilee.kyushu*gmail.com
(*を@マークに変えて下さい)
【電話】090-8397-5497(藤井)
[PR]
by cotomono | 2011-12-10 21:03 | Comments(0)