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はじまりの日々

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オーダーもののカバン。
ご注文を頂いた時のわたしの説明不足もあって、
お客様にご迷惑をお懸けしてしまった。

レザーについては、まだまだほんとうに勉強不足だということを再認識。
それぞれの特徴から仕入れに至ること、数を作るということで生じる問題、
お客様のご要望に応えるべく、そのひとつひとつを丁寧に辿っていき、
納得頂けるところまでもっていくのは手間も時間もかかるけど、、、
それをはしょって「作家」という力で押し切るような真似だけは
絶対にすまいと思う。

あぁ、だけど1年前までの自分だったら、
それをやってしまっていたかもなぁと思うと我ながらぞっとする、、、
それを、否と思えるようになっただけでもこの1年やってきた意味があるってもの。
ほんとに小さなことの積み重ねなのだな。



さて、そんなこんなでようやくひとつの完成がみえたので、
昨夜はカメラのSと一緒に『albus』さんへ。

貧乏ひまなしといいましょうか、、、
まだ来年のカレンダーもめくらないうちに「次」のことを考えないと、、、
いや、決めていかないとなんない現実を前にスイッチをオンしたわけで、、、

いやいや、
本当は動き出したくてうずうずしててスイッチオンしちゃったのですが。
がらんとしたスタジオでカメラ&albusのSさんと3人で作戦会議をしてるうちに
これは相当楽しくなりそうな予感がしてきて、「ぞぞぞ」と武者震い?
家に帰ってもその静かなる興奮はサメヤラズ、、、


子どもの頃から、極たまーにあることだけど、
いつもと違う思考のスイッチがプチって入ってしまうと、
夜中だろうが眠かろうが勝手に手が動いてしまうことがあって。
昨夜はよほど、何かを感じてしまったのか、
一気にイメージができちゃたというか、吐き出た感じ。

albusのSさん曰く、それは「こどもスイッチ」だそうで、
ひさびさ、こどもスイッチ入りました。




ものづくりをはじめて、かれこれ8年。
ずっと、もやもやとしていたものが、
最近になってだんだんとはっきりしてきた。


わたしにとってものづくりとは
「目的」ではなく、やっぱり「手段」なのだ。

それを目的にしようとすると、途端に視界がぼやけてくるけれど、
「それを手に、どうしよう?」とすれば、自ずと視界は開けていく。

だから、その「手段」はいいものがいいに決まってる。


それは、
強くて柔らかくて、
面白くてむずかしくて、
しんどくて楽しくて、
自由で臆病で、

相反するものをいっぱい携えて。


ゴールではないところへ向かう
はじまりの日々が、またはじまった。
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by cotomono | 2010-09-29 20:15 | Comments(4)

白熱教室

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『白熱教室』
どんなんだろう?と思ってたけど、いやほんとおもしろかった。

議論するのって大変だし、元気のないときはその熱にあてられて消耗しちゃうけど
その熱こそが、やっぱり民主主義の根幹だなと改めて感じた。

そして、大切なのは、それが大学というある特別な場所だけでなく、
ひとりひとり、日々の生活のなかに、自身のなかに存在しているか?ってこと。


やっぱり、生きてる限り、
その熱に直に触れてたいなと思うのだ。
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by cotomono | 2010-09-26 23:55 | Comments(6)

Agent Orange in disguise

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Kさんのオーダーもの、くすんだ水色の手染めカバン。
午前中に本体を仕上げ、あとはそれに合うレザーを探すまでとなったので、
午後からはずっと矢野顕子を聴きながら
『A to Z』のストーリーブックを久しぶりに読み返す。

今またあの場所に立ったら、
きっと、その時とは違った感触を覚えるんだろうなぁ、、、と
ふっと戻りたくなった。
もう戻ることはできないけどね。



ふらりどこかへひとりで出掛けたい、、、

じゃあ、そのふらりは、さてどこだろう?と
あちこちイメージしてはみるけど、どこもピッとこない。

どうしてだろう?

こんなにどこかへ行きたいのに、
そのどこかがみえない。


そして、それをずっと辿っているうちに、
気がついてしまった。


わたしが、ふっと行きたいと思っていたのは、
2006年10月の、あの場所なのだ。

いや、もっとはっきりといえば、
わたしは、あの頃の自分に戻ろうと、
再び、出会おうとしているのだ。




あの頃、長らく続けてきた「サラリーマン」という、
ひとつの安全地帯から離れようとしていた。

不安だったし、怖かったけれど、
どうしてもその場所に留まることはできなくなっていた。

確かなものは何もなく、
来年の自分さえ想像もつかなかったけれど、
もう、そこには居られないことだけはわかっていた。


あれから、4年の歳月が過ぎ去った。
あの頃と同じ町に暮らし、同じ部屋で今日も、
ものづくりをしている。


それが、
来年なのか、2年後なのか、もっと先なのか、
まだ、そのどこかはみえてないけれど。

あの頃に自分に、だんだんと近づいている気がするのだ。




写真は、奈良さんの作品で、
タイトルは、Agent Orange in disguise
しっぽがあるとこが、どこか自分に似てるようで
トイレットに小さいのを飾ってます。
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by cotomono | 2010-09-25 20:53 | Comments(0)

たったひとり

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ふらっとひとりでどこかへでかけたい欲は、
どうやらほんとうみたいで。
今日もひとり、ずっとそわそわしている。

あんまり遠くへは資金的にも時間的にもきびしいので近場になりそうだけど、
来月、無事オーダーものをすべて納品し終えたら、いこう、ふらっと。


そんなそわそわ気分で『ほぼ日』をみてたら、
大好きな奈良美智さんのページがあったので、クリック。

2006年10月、あの奇跡のように楽しかったひとり旅が甦る、、、

すかっと抜け渡った空、ひんやりした空気、りんごの木、
お城へと続くかわいい町並み、そこに暮らす人たち、
そして、出会ってしまった友たち。

あぁ、わたしにはこんな時間が必要なのだと切実に思う。



いこう、ひとりでいこう。


そして、ふたたび、
会いにいこう。





::





『ほぼ日』といえば、昨日の糸井さんの言葉がじんっと沁みたので
思わず、書き留めました。



  「ひとりぼっちだなぁ」という感覚は、
   きりきりっと寒い冬の夜の、
   北極星の光のようなものじゃないのかなぁ。
   そのほのかな光が見つけられてないと、
   じぶんがどこにいるのかわからなくなっちゃう。


   群れていることのなかにも、いいことはありますが、
   孤独を知っているものが寄り集うのでなければ、
   力にもなりませんし、おもしろくもなんともない。
   「ひとりぼっち」は「たったひとり」の言い換えです。
   「ひとり」が、まずはすべてのはじまりです。





わたしはmixiもずいぶん前に止めてしまったし、
twitterでつぶやいたこともありません。
でも、ある友達のことがずっと気になっていて、
彼女のつぶやきを、ときどき画面上で見ています。







あなたは今年、わたしに年賀状を書いてくれましたね。
そこには、「あなたのように、自分の足で立てるようになりたい」と書いてありました。

そもそも、「自立」とはなんだろう?と未だに思っているくらいで、
わたしが、あなたの言うように自分の足で立てているかどうかわかりませんが、、、
それからずっと、あなたのつぶやきを時折見ながら、
どう言葉をかけてよいかを考えていました。


本当は、会って話しができたらいいなと思っています。
でも、あなたは少し遠くに住んでいるし、
わたしと会うことをいまは望んでない気がしていて、
年賀状は、あなたの精一杯の気持ちだと受け取りました。


でも、あなたが自身を粗末に扱ってしまうようなつぶやきをみてしまうと、
怒りにも似た気持ちがして、ぎゅっと、胸が苦しくなるのです。


このブログにあなたのことを書くことに、ためらいもあります。
でも、もし、あなたが読んでくれていたらという思いもあって書いています。



わたしは、あなたのことがとても気になっています。
かける言葉がみつからないくらいに。
こんな夜更けに、届くかわからないけれど、、、





「ひとりぼっち」は
「たったひとり」の言い換えだそうです。


そして、それはとても、
尊いことです。

「ひとりじゃない」ってことと、おなじくらいに、
尊いことです。




たったひとりのあなたへ

たったひとりのわたしから
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by cotomono | 2010-09-25 02:16 | Comments(2)

ふっと、

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今日も朝からオーダーものの制作。
オーダーを下さったデザイナーKさんのお仕事を拝見しながら、
この「高崎哲学堂」といういい響きのする場所へ、ふっと行ってみたくなった。


数年前までは、こんな“ふっと”に背中を押され、
ひとりであちこち出掛けていたけど、最近は思うばかりで動けてない。
着物の仕事と兼業してるから時間に余裕がないこともあるけど、
あたまの中は、いつも「次」のことでいっぱいになってしまってて、
ふっと、が入り込むスキマがなくなっているのかもしれない。

どこかいつも、「output」を思いながら「input」してるような、、、
そういう目的のための行為ばかりしたくはないのだけど、
限られた中ではそうせざるを得ない。


ある意味こんな(飽和)状態で、
ものを生み出し続けることができるだろうか?と不安になる。
でも、ただ不安がっても何も生まれないから、
いまはただ「次」を思うのだけど。


ここはきっと、
乗り越えないといけない壁なんだろうなぁ、、、


「input」と「output」のスキマに
ふっと、自然な流れができるようになるまで、

いまはただ、
いけるところまでいってみるしかないかなぁ。
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by cotomono | 2010-09-24 00:23 | Comments(0)

Drifter

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先月、東京滞在中に訪れておくべきだった。
そこがどんな場所であったか、自分の目で見ておくべきだった。

Drifter / MIYASHITA PARK




思えば、世界中に
宮下公園は存在している。

パレスチナに、イラクに、アフガニスタンに、チベットに、
インドに、フィリピンに、イタリアに、パラグアイに、、、
世界中、いたるところに。


おおきなものたちが束になって、
ちいさなものたちの居場所を
かんたんに奪い去っていくなぁ、、、




近しいものへの愛に満ち溢れたこの世界で、
わたしはなにを、愛していけるだろう?






 
  人形の家には 人間は棲めない
  流氷のような街で
  追いかけてたのは 逃げ水

  いろんな人がいて いろんなことを言うよ
  「お金がすべてだぜ」と言い切れたなら
  きっと迷いも失せる

  
  みんな愛の歌に背突かれて
  与えるより多く奪ってしまうんだ
  乾いた風が吹き荒れて
  田園の風景を砂漠にしたなら
  照りつける空の下
  あなたはこの僕の傍にいるだろうか?


  たとえ鬱が夜更けに目覚めて
  獣のように 襲いかかろうとも
  祈りをカラスが引き裂いて
  流れ弾の雨が 降り注ごうとも
  この街の空の下 あなたがいるかぎり
  僕は逃げない


  僕はきっとシラフな奴でいたいんだ
  子どもの泣く声が踊り場に響く夜
  冷蔵庫のドアを開いて
  ボトルの水飲んで 誓いをたてるよ
  欲望が渦巻く海原さえ
  ムーンリヴァーを渡るようなステップで
  踏み越えてゆこう あなたと

  この僕の傍にいるだろう?


            
           キリンジ/Drifter

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by cotomono | 2010-09-22 19:43 | Comments(0)

世代交代

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制作に集中しようと朝からもくもくとやってると
母が出てくるというので、お昼どきちょこっと街まで。

いろいろあって、、、と電話で言うので何かあったん?と
木曽路で何とか御前というをランチを頼みつつ様子を聞いてみると
両手を広げてみせる母。見ると、指の関節が腫れて変形している、、、
どうやら、老化が原因で関節をつなぐ部分が擦り減ってしまい、
思うように指に力が入らず、家事もままならなくなってしまったらしく、
割り箸を自力で割ることもできない様子。

「まぁ、長年の無理がきたんよ、、、世代交代ってことやね。」と
けらけらと笑ってみせるも、やはり、老いてきた母を前に
かける言葉がみつからない、世代交代する側のわたし。

ひとりでいることを、前のように口うるさく心配しなくなったのは、
心配するのを止めたのではなく、心配の手を差し伸べるだけの力が、
もう、なくなってきているのだ。
わたしなりに、それはよくわかっているつもりだった。
でも、それを目の当たりにしてみると、やはりショックだった。


いまのわたしに、世代交代の準備はできているのだろうか?
そう思い、少し不自由になった母の手をみていた。


「欲しいものも、もうあんまないんよ、」といいつつ、
ランチの後、大丸の呉服売り場で馴染みの店員さんと
愉快におしゃべりしながら半帯を買い求める母をみて、
いやいや、その元気があれば、、、と少し安心して
駅で母を見送る。





部屋に戻り、制作の続きに取りかかりながら、
ふと、「人生は、短いのかもしれない」と思った。


我ながらあきれるほどに、スロー スターターなわたし。
地に足を着け、スタートラインに立てた気がしたのも、
つい、このまえのことだ。



こないだ、演出家の野田秀樹が言ってた。
25から35の10年間は、溜込む時期。
35からは、それを全力で吐き出せと。

マイペースに、自分らしくと、
まるで他人ごとのように言ってられる時は、
もう過ぎ去った。

そして、全力で走れるときは、
そんなに長くはないのだ。



中学時代、嫌いだったテニス部のコーチによく言われていた。
「お前は全力を出さないからダメだと」

言ってることはわかるけど、
「全力」ってことが何なのか分からなかった。


だけどいま、苦しくて立ち止まりたくなるとき必ず思うのだ。
「まだ、全力じゃないだろう?」って。


人生は、長く短い。

全力で、生きよ。
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by cotomono | 2010-09-19 21:37 | Comments(0)

like a pottery

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鈴虫がリリリと鳴いたかと思えば、今日はまた蝉がジリジリと鳴いてるし、
九州大陸の秋はまだほど遠い感じ、、、
あぁ、早くどっぷり秋に浸かって、巻き物とかぐるぐるしたいなぁ。

さて、この3連休もいわずもがな制作。
昨夜から染め込んだ生地を今朝あげてみるも、染まりが浅くもう一晩様子をみることに。
しかし何度やっても染めは難しい。同じ条件でやってみても、その時々で違う。
気温とか湿度とかいろいろ関係してるんだろうけど、そこまで探求する余裕は
いまのところなく、あくまでデザインの一部としての染色だけど、
本気でやったらすごく面白いんだろうな。

染めてる間、気分転換をかねて薬院のスリービーへ。
スケッチブックと月光荘の便箋をみながら、陶磁器コーナーもちらり。
スリービーは、去年から長尾智子さんプロデュースで『小石原ポータリー』という
小石原焼をモダンにデザインしたラインを発表していて、
知人がそれのディレクションをしているらしく、一度みにきて下さいとだいぶ前に
メールを頂いていたのを今ごろ思い出した次第でした、、、(Kさん、すみません)

実はかねがね、陶磁器の質感というかその技法というかに興味があって。
カバンをつくるにあたり、雰囲気を感じさせるものとしてイメージしているのは
どこか、陶磁器だったりするのだ。
あの質感に触れるたび、こんな表現を生地にもできないものかといつも思う。

そしてその極みは、ルーシー・リー
最近、また彼女の作品&レシピ集を眺めては、
その奥深さと洗練さと緻密さに “うーむ”と、唸るばかりのわたし。


実は東京の個展の際、あるお客様から「陶器のようですね」と声をかけられた。
聞き間違いでなければ、確かにそうおっしゃっていただいた。
さすがに、「そこ狙ってます」とは言えないので(笑)、
そうですか?と流してそこから探るようなことはしなかったので、
それがカタチなのかデザインなのか、全体の雰囲気なのかわからないけど。
何かしら、それを感じとって下さったのならば、本当にうれしいことだ。


イメージ(想像)の世界を伝えるのはとても難しい。
それは受取り手、個々の感受性によるものだし、
わたしが思ってもないような反応が返ってくることもある。
だけどそれは、言葉(言語)や理屈を越えて伝えられるのものでもある。

より広い世界に、それを届けられたらどんなにいいだろう。
それをもって、こらから、どんな人に出会えるだろう。
そして、わたしは、どう変わってゆくのだろう。



だから、どんなときも、
そのイメージだけは捨ててはならない。

それは、わたしを突き動かす
ただひとつの原動力だから。
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by cotomono | 2010-09-18 20:34 | Comments(0)

PUBLIC ENEMY

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*こちらの画像は「イルコモンズのふた」より拝借


今日もせっせとアイロンがけしてると、某ローカル局のラジオから
宮下公園の名が聞こえてきたので、なになに?と耳をすますと、

「宮下公園を管理所有する渋谷区とネーミングライツ契約を結んだナイキジャパンが、
公園内の改修工事に踏み切ったところ、それに反対する群集との間で押し問答となり
周辺は一時騒然となったそうで(云々)、、、いやぁ、困った人たちがいるもんですね」

だってさ。。。ほんと、ばっかじゃなーい。

困った人たちって、
あんた、その公園の何をみてきてそんなこといいよるん。

むかむかして家に帰ると、
こちらからとても清々しい唄がながれてきたので、コピペさせていただきます。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓



VIBRASTONE / PUBLIC ENEMY
歌詞(抜粋)


  パブリックエネミーおまえのことだよ
  ハイテク使って財テクしまくって
  合法的とはよく云う完璧

  大衆の敵は大衆の味方
  ルールをよく守れだって?
  ルールはいつだって かってに変えていいってルールだもん
  そんなのインチキじゃん!?

  20パーセントの人間の幸福が
  残りの8割の人の命と
  ひきかえられてるって知ってショック
  もう見て見ぬふりはやめたいんだ

  けど自分のことで精一杯
  悪いことなんかしてないしさぁ
  会社の方針にしたがってるだけです 休みも返上
  ほしいヒトがいるから売ってるだけです
  その結果会社はもうかってるけど
  社員はただ疲れてるだけですよ
  考えたりするヒマなんてまったくないんです
  私を攻撃するのは
  おかど違い勘違い大まちがい
  私も8割のなかのひとりです
  金なら出します
  会社がいくらでも払うよ

  パブリックエネミー 税金使って
  ハイテク使って財テクしまくって
  合法的とはよく云う完璧

  大衆の敵は大衆の味方
  ルールをよく守れだって?
  ルールはいつだって そっちが変えていいってルールだもん
  そんなのインチキに決まってるじゃん!?
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by cotomono | 2010-09-16 19:41 | Comments(0)

アリエッティ

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水曜日。オーダーものを仕上げるべく、
朝いちで「いづみ」さんでレザーを仕入れて作業へ。
順調にできたら、『借り暮らしのアリエッティ』をみにいこうと思ってて、
アリエッティ、アリエッティと手を動かし、いつもどおりにフィニッシュ。

が、仕上がったカバンをみて、うーむ、、と立ち止まる。
レザーの仕様的に、この方法でやるならばこれが限界。

でも、これではやっぱり美しくない。
それが自分でわかっているのに、「仕方ありません」と、
お客様に妥協を求めるようなこと、していいわけがない。

アリエッティも気になるけど、このまま観に行ってもきっとダメだな、、、
だって、久しぶりに劇場でジブリを観たいと思ったのは、
宮崎駿という巨匠の後継者というプレッシャーを全身に受け、
それでも自分の作品を作り上げようと闘い抜いた若き監督の制作ドラマをみたから。

つくり、迷っては、立ち止まり、また、つくる。
それを、何度も繰り返し、繰り返し、繰り返す。

誰も助けてはくれないし、
助けてもらいようもない。
自問自答の日々。

そうやって、良い「作品」は生まれるのだな。



それから、もういちど「いづみ」さんで別の方法を探す。
皆が皆、良いとは言ってくれなくてもベストは尽くさないと、
わたしはずっと、ここで立ち止まったままだ。

そして、新しい方法で再チャレンジ。
はじめてなので、100点とはいいがたいけれど、
ご要望に応えることができるまでのレベルにはなんとか届いた。

アリエッティは、またこんどゆっくり観に行こう。




朝晩はだいぶ涼しくなってきたので、
久しぶりに土鍋でご飯を炊く。おこげがうまい。

蝉にかわって、外では鈴虫が “りりり”と鳴いている。
もう秋ですね。




宮下公園に、ついに動きがあったようだ。
2008年の6月からずっと、その居場所を守りつくってきた、ふつうの人々。
わたしは、ネット上でしかその日々を知らないけれど、ずっと気になっている。

そして、そこを失ってしまうかもしれない人たちの、これから、は。



何かをしてくれると言うのなら、
何もしないでおいてくれる場所を
ただ、残しておいてください。
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by cotomono | 2010-09-15 19:53 | Comments(0)