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ariya.8号 発売中

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福祉施設で作られる商品やその活動を紹介する情報誌
『ariya.』(アリヤ)8号が発売となりました。

「アリヤコレクション2010」と名うった今号の特集。
福祉施設のオリジナリティに溢れたものたちにまじって
わたしも参加させて頂いたコラボかばんも掲載されています。
施設を担うわたしと同世代のみなさんの座談会も必読です。
良かったら手に取ってご覧になってみてください。
アリヤ販売店一覧はこちらまで
コラボかばんの詳細はこちらまで


コラボかばんの企画が動きはじめたのは、去年の夏。
アリヤが架け橋となり、障がいはあっても表現者として活動している彼らが描いた絵を
シルクスクリーンプリントし、その生地を使いわたしがカバンを作りました。
普段、ひとりでモノづくりをしているわたしにとって、
誰かと一緒にそのプロセスをひとつづ作り上げていくことは、
経験のないことで戸惑うこともありましたが、
良いものをつくっていく、その苦労と喜びを分かち合えたことは、
ひとりでつくっている時には感じ得ないものでした。

ちなみに、わたしがコラボさせて頂いたのは
アトリエ ブラヴォの近藤純平さんと、工房まるの中牟田健児さん。
それぞれ、2アイテムづつ作りました。
どちらも絵をみた瞬間にイメージが湧いてきて、
その衝動に突き動かされるようにカタチとなりました。

それぞれ、5個づつの限定販売となります。
お問い合わせお申し込みは「アリヤ出版」までお願いいたします。





さてさて、制作はこれからが本番...
しつけ縫いとかボタン付けとかしてくれる小人ちゃんが欲しいとこですが、
が、がんばりますので、どうぞよろしくおねがいしまーす。
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by cotomono | 2010-01-26 22:41 | Exhibition | Comments(0)

小さな箱

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オーダーいただいた染めもののカバン。
金曜の夜から漬け込んで、ようやく色が整った。
紫はもう何度も染めてるけど、濃い色はムラになりやすく
思うような色をだすのが難しい。
今月中には作り上げないとな。もう、1月もおわります。



うえの写真は恵文社でみつけた都筑晶絵さんの小さな箱。
紙でできてるけど、石のような質感があって不思議。
じっとみてるだけで、しんと深い気持ちがするので、
画面上でだけど、もうずっと眺めている。
宝石はひとつももっていないけど、宝石みたい。
手のひらにのせてみたいなぁ...
というか、小さくなってこの中に入ってみたい。

いや、現実逃避じゃないですよ。
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by cotomono | 2010-01-24 21:15 | Comments(0)

うたうたい

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ほんとうのことは うたのなかにある


唄うようにギターを奏でる人だった。
声のような音色、めちゃめちゃかっこいい。
男の人って、なんだかいいな。

歩いて帰ろうもべリーべリーストロングも君の顔が好きだも聴けてうれしかったけど、
やっぱり、歌うたいのバラッド... 嗚呼、感無量。


うたはあい、あいはうた。
だな。
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by cotomono | 2010-01-24 00:29 | Comments(0)

大人に「ものがたり」を。

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水曜日、園児たちのはしゃぐ声で目が覚める。赤や黄色の帽子を上から眺めながら
まだ半分も残ってるオーダーものやらんとなぁ...でもなぁ...とぐずぐずしてるうちに
お昼になったのであきらめて川端まで『かいじゅう』を観に行く。

少し早めに着いたのでパンフを買ってロビーに座ってぺらぺらめくっていると、
「かいじゅうみるの?」と60くらいのおばちゃんに声をかけられた。
あぁ、はい。と返事すると、うちの息子が子どもの頃好きでね、絵本が。
どんな風に映画になってるのか楽しみ...と、人懐っこい顔でパンフをのぞきこんでいる。
わたしもたぶん小学生のとき読んだと思うんですけど、あんまり覚えてないんです、
ただ、絵がちょっと怖かったので印象に残ってて、あと怪獣と恐竜ってどう違うのかな?
と不思議に思ってました...と正直に答えると、、、
そうよね、こどもというよりわたしの方が欲しくて絵本もたくさん買ったけど、
お話の世界観って実はこどもにはよくわからないものかもねぇ...と。
それから、ほんとは松本清張の『砂の器』を観ようかと思ってたんだけど、
音楽がいいのよ、知ってる?芥川さんって、と無防備に聞いてくるので、
いやぁ、龍之介くらいしか知りません...というと、たぶんその息子?かなんかよと
テキトウなことを言うので、おかしくなって、へぇ...と笑ってるうちに
「はじまりまーす」と声がしたので、おばちゃんと連れ立って中へ。
おばちゃんは後ろの方、わたしは前の方へ。
余談だけど、他の映画の告知CMがながれてる間、暗闇のなかをわくわくして待ってると
「コツコツ」と床を行き交う音が耳について、すごく嫌な気持ちになった。
なんでだろ...?ヒールの靴音って、やっぱり苦手だな。。

で、本題に戻すと、『かいじゅうたち』はすごーく、よかった!
CGを使わずかいじゅうたちも全部手づくり、実写ならではの質感が映画の世界を
おおっていて、光も影も音も空気も、すべてがきらきらしていた。
かいじゅうもこどもも、ネガティブでポジティブで、わがままでやさしくて、
とにかく、いきいきしててほんとにすべてが愛おしい。吹き替え版もあるけど、
絶対字幕がおすすめ。なんとなく吹き替え版になるとこの世界観が崩れる気がする。
ラストシーンになると、まわりではすすり泣きする声がちらほら聞こえてきて、
内心、そんなに?と思わないでもなかったけど、大人はきっと物語に飢えてるのだ。

最後のスーパーまであますとこなく見終わり外にでると、
あのおばちゃんの姿はもうなく、なーんだとちょっと思ったけど
雲行きの怪しくなった川端の街をぷらぷらながめながら家に帰った。



最近、児童書と呼ばれる「ものがたり」を読み返してるうちに気がついたことなんだけど、
ものがたりは、こどもではなく大人にこそ必要なのかもしれない。

こどもは、自分のなかにある余白でものがたりをつくることができる。
大人や社会というものが、それを無理に埋めようとしなければ、できるのだ。
わたし自身は、たぶんそうだった。でも、放ったらかしだったわたしですら
小学、中学、高校と進むうちに、だんだんその余白がとれなくなっていた。
だから、高校は自分で余白をとった。幸いなことに親も先生もゆるくて、
昼間、誰もいない家でラジオを聴きながらただぼんやりしてるこどもの存在を
知ってか知らないか、ほおっておいてくれた。
そして、いまもたぶんその延長線上にいる。


ものがたりには、うそのような「ほんとう」がある。
その、ほんとうを、こどもはすでにもっている。

だから、こどもは「ものがたり」そのものなのだ。

大人はこどもを通し、
失ってしまった「ものがたり」を得ようとする。
うそのような「ほんとう」を、欲している。
絵本をたくさん与えようとするのは、その一端のような気もする。



「お話の世界観って実はこどもにはよくわからないものかも...」
と、言ったおばちゃん。


たしかに、
こどもはそのなかにいるので、
それを外からみることはないのかもね...





大人に「ものがたり」を。
大人にこそ「ほんとう」を。
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by cotomono | 2010-01-20 20:02 | Comments(0)

ヒュッてつかむ

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冬の洗濯物はぶらさがってるだけでかわいい。部屋干しも悪くない。


午後3時までに納品するカバンを午前中かかってしあげる。
これで3点目のブランケットのかばん。
毛布だから寒いうちに渡してあげないと暖かくなったらやだもんね。
あぁ、でももうこれで限界です。。。
やっぱり同じもの(デザイン)を何個も作るのは性にあってなくて、
はじめてつくるわくわくやときめきを知っているから、
それをくりかえすたびに薄まっていく感じがして。。。
わたしはつくづく量産がきかない作家です、ごめんなさいねー。


で、なんとかできたので、納品がてら外に出たついでに本屋さんをのぞいてみる。
ものがたりの世界をかばんに表現すると、まぁ、なんというか思いついたもんだから
それらが置いてあるコーナーをぷらぷらとするも、子と親でごったがえす絵本の数々を
みながら、あぁわたしなんてとても無理だわなーと納得してしまった。

絵本はどうしても絵の世界ですべてがみえてしまう気がして、入る余地がないのだ。
もちろん、かばんに表現しようと思っている「ものがたり」のなかに絵本もある。
でもそれらは、絵本の世界というよりわたし個人の思いでの世界があるので、
なんとかいけそうな気がしているだけなのだ。
それに絵本だと、目に見えるぶんいろんな人の世界観にひっぱられかねない。

そんなこんなでふんふんふんとなんとなく焦点が定まってきたので、
もうずっと好きな「みどりのゆび」を選んだあとはいしいしんじの本をみにゆく。

いしいしんじのごはん日記というページがあるのだけど、この人が書くものがたり以上に、
この日記には、なんだかよくわからないけど「ものがたり」があるような気がして、
ちょいちょいのぞいているところです。
スキマなく書いてるのに、スキマだらけみたいな。。。

ちなみに、いしいしんじで好きなのは、『トリツカレ男』と『絵描きの植田さん』。
トリツカレは、去年クラムボンの郁子ちゃんがペチカ役で舞台化もされてて、
すごく観たかったのだけど。。。で、いしいさんが郁子ちゃんとの対談のなかで
いってたことがとてもストンときたので、忘れないようにちょっと書いときます。


そのみんな「物語」とか「ストーリー」っていうものが、言葉で出来てると思いがちなんやけど、全然そうじゃないんですよね。その人が物語を作る前から、もともと大きな塊みたいなものがダーンとそこにあって、言葉っていうのはそれに輪郭を与えるための模様でしかない。で、言葉にならへんもんのほうが実は多くて、言葉にしたときに表面だけのものやったら、そんなにじーんときたりしないんです。言葉になってへんことのほうが大きくて、それが大事やから俺はそれをできるだけ崩させんように言葉を選ぶし、あるいはそういうのを崩したくないから勢いでガーッと言葉を書いてまうし。言葉っていうのは俺はただの画材みたいに思ってるんですよ。絵の具とか、あるいは音符とか。だから郁子ちゃんが物叩いたりいろいろリズム取ったりしながら作っていったっていうのは、それは最初にそのでっかい塊をね、感じてしまったんですよ。で、あとはそれをどういうふうにして浮上させるかってことで。物をカンカン叩くっていうのは世の中の出来事を呼び覚ますってことやから、そういうふうにやりながらそのでっかいものが出てくるのを待って、出てきたらヒュッてつかむみたいなね、そういう感じやったと思う。だから自分が“作る”っていうことじゃなくて、あらかじめそこにある大きいものを、自分を通して世の中に“出す”っていう行為が、俺は「物語」っていうものやと思ってるし、それは言葉で書いてうんぬんかんぬんっていうものではなくて、例えばそれは音楽でもあり得るし、絵でもあるし、インストゥルメンタルのジャズとかでも物語性っていうのはあるわけでね。なにか人間じゃないものに触れたときにそれを感じるんじゃないかな。だから神社にお参りしてもそれはあるしね。




ヒュッてつかむ、みたいな。


そう、
こんな風に表現できたらどんなにいいだろう。




ゴボウ入りチキンカレーといちご、
鈴懸の塩豆大福をもぐもぐしながら
そんなことを思う日曜日でしたとさ。
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by cotomono | 2010-01-17 18:43 | Comments(0)

ハイチ

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阪神淡路大震災から明日で15年。
あれから15年のあいだも、世界中で巨大地震は多発。

12日、ハイチで起こったM7.0大地震。
死者は20万人にも及ぶという。
脆弱な国ほどその被害は甚大で、
どうして、こう弱者ばかりが傷を負わされるのかと
ニュースをみながら言葉を失う。



ところで、この大地震が発生するまで、
カリブ海に位置するハイチという国のことを知らない人は
案外多いと思う。実のところわたしもよく知らない。

わたしがはじめて、ハイチという国が置かされている実態を垣間みたのは
3年前のイルコモンズ アカデミーでのこと。

『ミッキーマウス ハイチへ行く』という、
なんともかわいらしいタイトルのショートフィルムに映し出されていたのは、
世界中で夢を与えている(売りさばいている)ウォルトディズニー社が
アメリカの箱庭であるハイチという小さな国に対して行っている暴挙。

労働者の権利が保証されていない(法整備がされていない)ことをいいことに、
「 sweat shop(汗をも絞りとる)」と呼ばれる低賃金工場下では、
劣悪かつ過酷な労働環境のもと、なんと時給約US30セントで働かされているのだ。
製造されているディズニーTシャツの価格とアメリカの工場労働者の時給を思えば
それがどれだけぼったくりかがわかる。

世界中の子どもたちに微笑みかけるミッキーマウスのTシャツは、
汗をも絞りとられ、死なない程度に働かされてできた人間の「sweat Tshirt」で
あることを、わたしたちは知るべきだ。

以前、広告デザインの仕事をしていたとき、ウォルトディズニー社とライセンス契約を
してるオリエンタルランド(ディズニーランド)関連の広告を作ることがしばしばあった。
その際、ディズニーにまつわるあらゆる名詞やキャラクターに対し、
そのひとつひとつにC(著作権)マークを付けることが必須だった。
ひとつでも抜けていると、刷り直しという痛い目にあうのだ。

至極当然ながら、このコーポレーションは著作権(カネ)に執着している。
その社会的道義的責任は放棄したままに。



「アメリカはハイチとともにある」
地震発生直後、オバマはこんな言葉を発していた。

もし、それが本心であるならば、
ミッキーマウスの下に隠れた、真実の顔を見せて欲しい。






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by cotomono | 2010-01-16 21:10 | Comments(2)

ものがたりの世界

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もうずっと、ずーーーと楽しみにしていた『かいじゅうたちのいるところ』がはじまる!
水曜日にさっそくみにいこう!



今日は朝からしとしと雨...
モスグリーンに染まった古着のロングコートと新しい傘をさして、
着物屋さんまで30分、てくてく歩く。いつもなら自転車でぴゅーと過ぎ行く景色も、
いちいち目に飛び込んできて歩くのは楽しい、たのしい!
耳にはせつな声の清竜人の新譜を。溢れでるみずみずしい感性、天才、この人。
歩きながら一緒にうたっちゃた。


さて、雨のおかげでわたしの細胞も潤ったのか、
はたまた『かいじゅう』がはじまるのがよほどうれしいのか、
今日はいちにちアイロンをあてながら、イメージが浮かんでくるくる。
なんのイメージかというと、6月のおわりと決めた個展のイメージ。

去年の暮れからなんとなく、ぼんやりと浮かんでいたアイデアなんだけど、
むずかしいかな、とか、ほんとにできるかな、とかでなかなか開かなかったけど、
今日はやたらとできそうがむくむく湧いてきて、それをこじ開けようとする。
なので、もうそれに従おうぞ。


こんどの個展は、ものがたりの世界をカバンにする。


色でもいいし、カタチでも、模様でも、なんでもいいから、
ものがたりの世界からインスピレーションを受けたものを表現しようと思う。

これまで、よりどころとしてきた「デザイン」というものをいったん壊して、
わたしが好きなものがたりの世界を、わたしが思うままに、自由につくる。

たぶん、半端で拙いものがでてきそうだし、
そんなものは、だれからも求められないかもしれないけど、
わたしがほんとうにわくわくするものをつくりたい。

まだなにひとつカタチになってないけど、
知らない世界を歩いてくみたいで、不安だけどわくわくする。




あー、ついに言っちゃった。。。

できるかなー。
できないかもなー。


わからんけど、わからんから、いいのだ。


やろう、やろう。
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by cotomono | 2010-01-15 20:00 | Comments(3)

神楽坂 貞

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『神楽坂 貞』さんに、カバンを4点納品させていただきました。
東京方面にお住まいの方、神楽坂へお越しの際はのぞいてみてくださいね。




2年前、はじめて貞さんに作品をみていただいた時、
「あなたの作品を置くことはできない」と、
かなりキビシイ言葉をかけてもらいました。

でも、あの時のあの言葉がなかったら、わたしはいまも
「つくること」にちゃんと向き合えてなかったかもしれません。
ほんとうのことを、ちゃんと伝えてくれる人はそんなにはいないものです。

貞さんは、現在のわたしをつくってくれた恩人です。


今年は神楽坂で個展を...と、ちょっと夢みてましたが、
なかなかそうもいかず残念ですが、日々の積み重ねのその先に、
またいつか、叶う日がくるでしょう。
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by cotomono | 2010-01-12 19:26 | Exhibition | Comments(2)

せんそうは、ほんとうに、嫌だな。

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よっぽどの睡魔に襲われていたみたいで、昨夜の9時から風呂にも入らず
ぶっ通しで16時間も寝てしまっていた... まだあたまがぼーっとしてる。
ようやく目が覚めて近くのコンビニにまで歩いてくと、振袖の女の子たちがちらほら。
そうか、今日は成人式なんだ。個人的には、二十歳で成人ってないなぁと思うけど、
20年間育てあげた親御さんにとっては感無量ってとこでしょう。
親御さん、よくがんばりました。。。


さて昨日は、暮れに観た「ぴんぼけ映画コーナー」のリベンジってことで、
S氏とKちゃんと『戦場でワルツを』を観に行く。
ちなみにこの映画、『おくりびと』とアカデミー外国語賞を競り合ったそうで、、、

題材となっているのは、1982年にレバノンの首都ベイルートで起きた
パレスチナ難民キャンプでの虐殺事件。3日間で被害者は3000人にものぼるそう。
これが実写で撮られていたとしたら、とても観ていられなかったと思うけど、
アニメーションという、ある意味バーチャルな手法だったことに救われたような、、、

キーポイントは、この映画がこの事件の加害者であるイスラエルの映画だということ。
それから、パレスチナ問題は現在進行形で続いているということ。
それは、この映画のなかに「希望」が描かれていなかったことに現れていると思う一方で、
これを、イスラエル人が撮ったということが唯一の「希望」なのかな、とも。


戦争映画を観るたびに思うのだけど、
パパパパパパンという隙間ない機関銃音や耳を突き破る爆撃音が絶え間なく続くなか、
「生きる」ってどんなだろうと、、、。
映画を観ているだけでも堪え難い苦痛を感じるのに、現実世界において、
すっと幕を閉じるようにTHE ENDを迎えるはことは、決してないのだ。

せんそうは、ほんとうに、嫌だな。


戦争経験のないわたしだけど、不思議とこどもの頃から戦争に対する恐怖感がずっとある。
小学校低学年ではじめて原爆の授業を受けたとき、その恐怖から飛行機音が怖くなって
夏休み中家にこもり、「原爆が落ちませんように」と、勉強机いっぱいにびっしりと鉛筆で
祈るように書きつづったことがあった。こどもの感受性はすさまじいのだ。


そんなこども時代に戦争を経験するって、どんなだろう?


せんそうは、ほんとうに、嫌だな。



戦争映画をつくる理由はさまざまあるだろうけど、

「せんそうは、ほんとうに、嫌だな。」


そんな、単純だけど人間がもつ根源的な感情を伝えるものであってほしい。
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by cotomono | 2010-01-11 16:33 | Comments(0)

いったん、壊す。

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イイダ傘店より美しい傘が届きました。刻印もすてき、大事に使おう。


朝からオーダーものにかかる。
今年はじめての針仕事なので、気持ちもあらたにがんばろう。

今月は、これとは別にあと3点、なんとか作りあげたいところ。
(なんせ、あとがつまっているのだ...)
2年前、どうしていいのかわからなかった頃を思えば、ほんとうにありがたい。
コツコツ続けていけば、こうやってすこしづつ景色は変わってゆくのだな。

それから、今年は2回個展をしようと想いを放ってしまったので、
いつ、どこで、どんな風に、、、と、あたまの中をぐるぐる巡っている。

はじめは、季節が動きはじめる5月にできたらと思ったけど、
やっぱりスケジュール的にかなりキビシイので、6月下旬から7月にかけてと...
場所は、krankさん経由で良さそうなところを紹介してもらえそう。

で、問題はどんなものをつくるか... なのだ。

2年前に、はじめて個展をさせて頂いてからずっと、
カタチがもつシンプルな質感と美しさを模索してきたけれど、
それを追求すればするほど、ストイックに自分を追いつめてしまうことになり、
やはりその最中は、しんどさに溺れてしまうことにもなる。

もちろんそれは、とても大事なプロセスなのだけど...


もっと直感というか、
うれしい、楽しい、わくわくする、
そんな気持ちをカタチにしたくなった。

それには、いったん壊すことをしないと、
つぎの一歩を踏み出せない気がする。


こどもが、トンっと粘土を壊すみたいに...


いったん、壊す。


そして、
わくわくを、つくろう。
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by cotomono | 2010-01-09 20:55 | Comments(0)