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虫歯ではありません

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とりあえず、うちから100m以内にある歯医者さんへ。
予約なしで入れるいまどきないくらいの、昔ながらの歯医者さん。
おじいちゃん先生曰く、「これは虫歯じゃなく歯槽のーろーね。」だそう。
早いはなしが、歯がだんだんと老いてるってこと。
はー、こうやってだんだんとおばあちゃん化していくわけねー。
とりあえず、神経抜くのが手っとり早いらしく、
久しぶりにウィーンって音にびびりながら、
でも、おじいちゃん先生の和みぶりに痛みもだいぶ和らいだ...かも。



さて、2月は寒くてなんだか長かったなーと思ってたら、
今年はうるう年...。得したようで損した気分?
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by cotomono | 2008-02-29 22:19 | Comments(2)

潜水服は蝶の夢を見る

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やっぱり、映画をみにいく。


“20万回の瞬きで自伝を綴った、奇跡の物語”

観たばかりで、まだ自分の言葉にできないので、
ここでは原作本の翻訳者の方の言葉をご紹介。

〜〜〜
(中略)

原題の“Le Scaphandre et le Papillon”は、「潜水服と蝶々」という意味だ。どちらのことばも、本文の中に何度か出てくるとおりで、潜水服というのは、彼の物理的、身体的な不自由の象徴であり、逆に蝶々というのは、その中でただひとつ自由に飛翔することのできる、想像力や思い出や、洞察や、希望といった「心の力」のことだろう。全編を読み終えると、本書は、著者が生きていることの全身全霊での証なのだということが、静かに、熱く、伝わってくる。極限状態においてなお輝く、人間の精神の強さ、崇高さに、そしてことばというものの持つ力の大きさに、胸を打たれる。筆記を続けたクロード.マンディビルとの絆も、透けて見えてくるようで、人を支えるのはやはり人だという感慨にも包まれる。そして、ふと思う。実際にまったく動けず、自分は重たい潜水服か繭の中にいるようなものだという著者と、たとえ外見上はどこも悪くなくても、心の中にさまざまな殻や繭を抱え込んでしまった現代人との間には、相通じるものがあるのではないか、と。だからこそ、著者が全身麻痺の身であることも時に忘れ、彼のことばにひきこまれていくのではないか、と。現在の自分をあるがままに受け容れ、そこから出発しようとする著者の真摯な姿は、鮮烈な印象となっていつまでも心に残る。本書は衝撃的な手記であることを越えて、孤独や閉塞感を抱える多くの現代人の心に訴えかけ、勇気を与える力をも、持っているのではないだろうか。

〜〜〜


この映画の(実在した)主人公、ジャン=ドー。
彼のいちばんの幸福は、そこに寄り添う「あきらめない」多くの力が
あったことのように思う。

家族、友人、医師、看護士、言語療法士...などなど。
そして、その全ての根源を支えているのは、社会であり国であるはずだ。
この映画では、そのあたりはあまり描かれていなかったけれど、
やっぱり、今の日本の現状を思わずにはいられなかった。


薬害肝炎問題しかり、イージス艦しかり、
つくづく、国家には、命を脅かされることばかりだけど...
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by cotomono | 2008-02-28 01:10 | Comments(0)

歯が痛い

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歯磨きで虫歯が治る。...とは思ってないけど、
気にならなくなるかもと、ずるずる放置してたら
くるとこまできてしまった。
あぁ、、、歯が痛い。
明日は映画はやめて、歯医者へ行こう。
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by cotomono | 2008-02-26 23:33 | Comments(0)

キモノdeスカート

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あぁ、寒いなぁ...と。
今日は昨夜「白つぐ」さんで一目惚れした器をみに
平尾の「Tohki」さんへ行ってみようかとしてたけど、
寒さにちぢこまっていたらウトウトとしてしまった...

そんなわけで、外出はやめにし解いておいたキモノdeスカートを仕上げることに。
ちょうど一年前には、これと同じキモノ生地で母にバッグを作っていた。
そのときも、ピンクのウール地と布合わせをしたのだけど、
この葉っぱみたいなグリーンの模様はピンクと相性がいいみたい。

まるで桜と若葉のようで、春が待ち遠しいなぁ。
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by cotomono | 2008-02-24 17:01 | Comments(0)

石堂橋 白つぐ

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昨夜は、ライターのIさん、カメラマンのSとともに隠れた名店でお食事。
御笠川に架かる石堂橋のたもとにひっそり佇む日本料理のお店。
実は毎日この前を通って職場へ向かっていたのだが、
朝はシャッターが降りていたこともあり、まったくのノーチェック。
しかも、数ヶ月前まで犬猫病院の看板がでていたので、
よもやこの場所に食事処ができようとは思いもしなかった。


店内はやわらかな明かりが灯り、
カウンター越しには凛とした板前さんがふたり。
御笠川がみえる場所に席をとってもらったこともあり、川越しに走る都市高速と
闇にゆれる水面をながめながらの食事はなんともいい気分。
窓辺を彩る木々が風に揺られ、時折白い壁に映し出される影絵のような陰影。
特別なことは何もしていないことが、逆にその良さを際立たせているような感じ。

お料理については、わたしの拙い言葉で伝えるのがなんだか申訳ないけど、
味も、彩りも、器も、そのどれもに感動、感服。
なんというか、ちゃんとした人がつくっているのがわかって、本当においしかった。

いい気持ちのする人と、また食べにこよう。
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by cotomono | 2008-02-24 13:44 | Comments(0)

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なれないけど、ずっと憧れている職業がある。

それは、お医者さん。
それも、木のお医者さん「樹木医」。

今朝のようこそ先輩は、樹木医 塚本こなみさん。
塚本さんが、ときどき話しをしにくるという老杉からは
画面越しではあったけど、ひしひしと生きている様が伝わってきた。


生まれかわったら、わたしは木になりたいとずっと思っていて。
どうして?と聞かれても、気持ちよさそうだからとしか答えられないけど、
その“ひしひし”感がいいのかもしれない。


3年前まで暮らしていたお家は木立と水に囲まれていて、
遠くからみるとまるで森のようだった。
家の前には神社へと続く小径があって、
その入り口を示すかのように杉の大木が根を張り、
生い茂った枝葉からは木漏れ日がさしこんでいた。
そして、神社には朽ちてるような生きてるようなクスノキの御神木。
ミッキー(こないだ天に召されました)と散歩してるとき、
気持ちが沈んでいるときはいつもそのクスノキのところまで行って
しばらく木肌に触れていた。

そういえば、もう7年くらい前になるけど、
「あなたは木の近くに住んでいるでしょう?木の気配がします。」と
50代くらいの見も知らずの女性から言われたことがあったな。
へんなこと言う人だなぁと思ったけど、実際、木の近くに住んでいたので
そういう目にみえない力ってあるんだなぁと妙に納得してしまった。

今は都会のマンション暮らしだし、実家も田舎を離れてしまったので
そうそうあの場所に帰ることはできないけど、
誰かがずっと待っていてくれる気がするのは、木のせいかしら?
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by cotomono | 2008-02-23 12:07 | Comments(0)

LOOSE CHANGE

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LOOSE CHANGE

この世界は、
なにも知らされてはいないのに、
いつのまにやら、知ったふうでいるのだなぁ...


以下、こちらより転載

...............................................................................................................

【参考1】▼「9.11ペンタゴンの謎、国会で質疑」(「クレイジーパパ」2008年1月18日より)

「アメリカの9.11同時多発テロには、いくつかの「陰謀説」がある。日本でも、1月10日の参議院外交防衛委員会で、民主党、藤田幸久が事件への疑問を投げかけた。(...) この事件について、藤田は資料写真を閣僚たちに配布して、疑問点を示した。その概要は以下の通りである。「757型機は主翼の幅が38m、尾翼の高さが13.6mあるが、それが突っ込んだにしては破壊跡の幅や高さが小さいのはなぜか」「厚い建物の壁に直径5メートルの穴を開けて貫通しているが、軽い素材を用いている飛行機に開けられる穴ではない」「飛行機の残骸も、エンジンも、フライトレコーダーも見つかっていない」。もちろん、このナゾを日本政府に質問したところで、誰も答えられるわけはない。ペンタゴン発表を否定することなどできない。福田首相、居並ぶ閣僚、官僚たち、みんなただ写真をながめているだけだ。藤田の質問のネタ元と思われるディラン・アヴェリー監督のドキュメンタリー映画「ルース・チェンジ」は、厚さ2.7mの鉄筋コンクリートの壁にきれいに直径5mの穴を開けられるのは、巡航ミサイルではないか、と指摘する。また、現場に、飛行機が地面を滑走した跡は残っていないという。「ルース・チェンジ」は、「米政府と軍が、遠隔操作の貨物機やミサイル、建物内に仕掛けた爆薬を使ってツインタワーやペンタゴンを破壊し、テロ事件であると発表した」とする自作自演説を主張している。この事件で最も利益を享受できるのはブッシュ政権だという見方が背景にある。ただし、藤田は自作自演説というわけではなく、新テロ特措法に反対する立場から、9.11の真相を今一度見直してみるべきだという議論を展開したかったのだろう。(...) 陰謀論に組するわけではないが、「不条理」に命を奪われた人々を悼み、家族の悲痛な心情を思うなら、「ルース・チェンジ」の投げかける数々の疑問に米政府はきちんと答えるべきである。」
http://shopworld.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/911_15f3.html
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by cotomono | 2008-02-21 23:38 | Comments(0)

いいものは、いいきもち。

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成人式が終わってからというもの、
もう、ずっーーーっと振袖ばかりを扱っている。
それも全体にスパンコールがちりばめられたようなイマドキのもの。
その方がシワになりにくく、お手入れもしやすいらしいけど。
ちっとも、ときめかない。

今日もそんな感じで、
内心、ふぅ〜っとため息まじりに振袖と格闘していたら、
最後の最後で救われた!

古いたとう紙を開くと、そこには深いえんじ色の小紋が。
ぽてっとした黄色と白の椿が、ひとつ、ふたつと手描きで描かれてある。
椿のまわりには雪をあしらったような、まあるい白がぽつぽつと。
染めといい、絵付けといい、
もう、ため息がでるほどのグッドバランス。

思わず、「すごい!かわいい!」を連発。
一気にテンション上がって、「わかりやすいね〜、」と隣の福子さんに笑われる。

これがあるから、この仕事はやめられんのだー。

いいものは、いいきもち。
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by cotomono | 2008-02-19 21:00 | Comments(4)

きのうの自分をこえてゆけ

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昨日、新しいミシンが届いた。

SINGERの職業用ミシン。
厚布の重ね縫いで試運転をさせてもらい、プロ用といわれる所以を実感するも、
自分と「プロフェッショナル」は、ほど遠い...


今日は朝からミシンをセットし、何か縫ってみようかあれこれ布を触ってみたけど
中途半端にはじめたくなくて、ただ、じぃ...っとミシンを眺めていた。

そのうち、やっぱり今いちばん作りたいものに向かおうと、
アンティークの軍モノのバッグを取り出し、糸を解きはじめる。
頭のなかではだいぶイメージがカタチになりつつあるけど、
こうして実際に素材に触れていくと、だんだんに導かれる場所があって。
その間、新たに浮かんできたイメージや言葉をスケッチブックに走り書き。
そうやって少しづつ、作る準備をしていく。

これから作ろうとしているバッグは、構造的にこれまでで一番難しい。
素材との巡り合わせがなかったら、もうしばらく手をつけられなかっただろう。
でも、この期を逃したらまたつくれなくなるので、
素材をなんどもなんども見つめては、どんどん、どんどん、気持ちを送り込む。
産みの苦しみは大きいけれど、いいものがつくれると信じて、やろう。



NHKの「プロフェッショナル」に出演したとき、
絵本作家の荒井良二さんがおっしゃっていた言葉。

“きのうの自分をこえてゆけ”

それは、「こえてゆく」きのうまでの自分があってこそのものだろう。


プロフェッショナルにはなれなくても、
きのうを肯定し、あしたを信じられるような人に
わたしもなりたい。
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by cotomono | 2008-02-17 21:22 | Comments(6)

いのちの食べかた

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昨晩は、いのちの食べかたを観に行く。
この映画のあとにゴハンはちょっと無理だよね...てことで、
先に食事をして観たわけだけど、その安易な考えは正しかったようで...。


牛、豚、鶏、魚、植物...それらのいのちが、
意図的につくられ、ふやされ、ころされ、たべられるまでのドキュメンタリー。

映像には一切字幕はなく、音もほぼそのまま。
その様子は乱暴とさえ思えて、
途中、直視できなくなって目を覆ってしまったけれど、
それらを食べ、今日も生きているのだから、
やはり、みるべきだったと思う。


映画を観ていて思い知ったこと。

Earthに映し出されていたような、守るべき“いのち”と、
この映画のような、奪われていく“いのち”

光と影のようなふたつのいのちの重さが、
私のなかでまったくイコールではなかったということ。
そして、これからもそうやって生きていくしかないのだろうなぁ...
それが「人間の性」といえばそれまでだけど。


だけどわたしたちは、明らかにおかしい食べかたをしている。

たくさんを欲しがり、たくさんを捨てていき、
「いただきます」も「ごちそうさま」も
どこに向かって手をあわせてよいのやら、わからないままだ。


でも、わたしたちは“いのち”を食べて生きている。

その“いのち”を知ることは、
自分の“いのち”を知ることでもあるのだから、

“いのち”とは、実に奥深いなぁ。
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by cotomono | 2008-02-16 21:50 | Comments(2)