最期の場所にたち、手をあわせ
すこしづつ平穏がもどってきている。
ふいに哀しみがやってくることも減って
朝になればもの言わぬ草花に水をやり
夕になれば晩ごはんのことを考え自転車を漕ぐ。
そうやって日々は過ぎていくのだろう。
あれから、本当にいろんな人に心をかけていただいた。
人はみな、誰しも「居場所」があって
誰かに生かされ、生きていることを。
こんなかたちで改めて胸に刻むことになろうとは思いもしなかった。
そして、そのことを自分の言葉で伝えることができず
悔いだけが残った。
人生の先輩である人たちに
そんな苦しい胸のうちを打ち明けると
不思議とおなじような意味合いの言葉をかけていただいた。
まさか自分のまわりでは...というひとりよがりがあるよね。
でも、否応なしに人生は、本当にいろんなことがおきるから。
これからも、たぶんきっと。
だから「後悔」もやんわりと道連れにしていこう。
重くてしょえない時には、少しだけ長く生きている人たちに
しょってもらったらいいから。
それでいいから。
大丈夫だから。
人生は、
後悔先にたたず、なのかもしれない。
だからこそ
誰かの「後悔」を少しだけしょって
わたしも生きていきたい。