点と、線と、原点回帰。

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(こちらの写真はフラスコより拝借いたします...)


昨日、今年最後の展示会を無事に終えることができた。
最終便の飛行機から平べったいふるさとの夜景を眺めながら、
ただいま、帰ってきたよ。と、心のなかでつぶやいた。


すこし、想像していたことではあるけれど...
これまでになく、初日から最後まで現物(展示品)の動きが鈍く、
数字的には楽観視できるものではなかったけれど、
決して評価が出なかったという訳ではないような気がする。

というのも、現物をみながらより具体的にこういうものを作って欲しいという
オーダーをたくさん頂いたのだ。なんとなく良いからではなく、
ちゃんと物を選び買おうという意識の表れだと感じた。
作り手はそれに応えられるものをまず作らなければならないし、
これから先、ものを作る人間はより真剣にならないとダメだと思う。





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そんななか、うれしい出来事があった。

今回はDMでのご案内はしていなかったにも関わらず、
水登舎の川口澄子さんがお着物姿でふらりとお立ち寄り下さったのだ。



川口さんはわたしにとって、ちょっと特別な存在。
というのも、わたしが初めて作ったカバンを川口さんにお買い上げ頂いたのだ。

そのカバンは、まだわたしが暗闇の中にある頃、
光を求めるように、ある思いを持って作ったものであり、
わたしの原点となるものだった。


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20代前半、わたしはインテリアデザインの仕事がしたくて独学で勉強をしていた。
そのなかで柳宗理というデザインマイスターとの出会いがあり、
のめり込むように柳さんデザインしたものを可能な限り片っ端から見て回った。
そうして、ひとつの思いにぶちあたることになる。


どうして、彼のつくる(デザイン)ものは、
何十年も変わる(モデルチェンジする)ことなく
人の心を惹き付け、美しくあり続けられるのだろう?


それからしばらくして、その理由(わけ)を
わたしは、「柳宗理」という本のなかにみつけた。


そこには、このようなことが記してあった。


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1915年生まれの柳さんは、太平洋戦争時の1943年、
陸軍の報道班員として、南方戦線の激戦の地フィリピンへ送られる。

戦局は悪化の一途を辿り、次々に命を落としてゆく仲間にどうしてやることも
できないまま、想像を絶するような地獄絵図と化したジャングルを彷徨いながら、
これだけは生きて日本へ持って帰ろうとお守りのようにリュックに忍ばせていた
師であるル・コルビュジエが書いた一冊の本を持って歩く力さえ尽き果てた
柳さんは、泣く泣くジャングルの奥地にその本を埋め、命からがら帰還。
見渡す限りの焼け野原となってしまった祖国日本に辿り着いたとき、
ひとつの思いが溢れてきたという。


   戦争とは、ある日突然、
   一部の政治家や軍人が始めたわけではなく、
   日々の暮らしを大切にできなくなってしまった我々庶民、
   ひとりひとりの心の在りようが、そうさせてしまったのだ。

   だから、わたしは、
   庶民ひとりひとりの、暮らしを良くするような、
   心を美しくするような、ものをつくりたい。




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そんな柳さんの思いに触れたとき、
全身に雷が走ったようなまるで衝撃のような感動を、
いまでもよく覚えている。

そして、こう強く思った。

  柳さんのような人になりたい。
  柳さんのような、美しいものを作る人に、
  わたしはなりたい。



実際に自分の手を使い作ったのは、
それから3年後のことだった。


何も、かばんでなくても良かったのだ。
ただ柳さんに近づきたくて、柳さんのデザインした生地を使い、
作りたかっただけなのだ。

作ることで、わたしは柳さんを深く理解したいと思った。
作らなければ、わたしは生きたまま、死んでしまうと思った。

そして、はじめてカバンをつくった。


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それからまた4年がたち、
そんな思いも日々のあわわでみえなくなっていた頃、
あるご縁で、博多にある小さなお店にそのカバンを
値札も付けずにご好意で置いて頂いていたところ、
川口さんが「欲しい」と買ってくださった。

そうして、川口さんのお気に入りのかばんとして
「七緒」という着物雑誌に紹介までして頂いたのだった。


その頃は前の仕事を辞めたばかりで、作ってはいきたいけれど
何をどうしたらいいのか...途方に暮れる日々だったから、
「大丈夫、がんばりなさい。」と背中を押されるみたいに、
ずいぶんと励まされた。



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川口さんとちゃんとお話するのはこれが初めてだったけど、
当時のことを懐かしく振り返りながら、いまのわたしのカバンを
ひとつひとつ手にとり、身につけ、じっくりみて下さった。

そして、かばんをひとつ、オーダーして下さった。


あの時の小さな「点」が、いまへと続く、
みえない「線」となって、ずっと続いていたんだなぁ...と
原点回帰するような瞬間だった。


偶然かもしれないけれど、その夜、滞在中のホテルでみた
NHKスペシャルには、柳さんが経験された戦争が映し出されていた。


来年で、ものづくりをはじめて10年になる。

原点を忘れてはいけないよ。
と、柳さんに云われてるような気がした。




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展示会中、ほんとうにたくさんの方にお越しいただきました。
きちんとご挨拶もできず、ご無礼もあったかもしれません...

いつも温かく迎えてくださる神楽坂のみなさん、
なつかしい友人たちに、お引っ越し後の近況が気になっていたあの方、
お菓子を届けてくれたお山の友達、最終日に少しでも会えたらとお電話を下さった方、
それから、たくさんのはじめましてのみなさま、
ほんとうに、ありがとうございました。



そして、神楽坂 貞さん

震災以降、東京で店を構えるということは、
これまでとはまた違う重みがあると思いますが、
いつも前向きに、神楽坂の街とともにあろうという姿は、
これまで以上にたくさんの人の支えとなり、また支えられているのだなと
滞在中、何度となく感じたことでした。

また、かばんたちと一緒に神楽坂へ来れるよう、
わたしも、がんばります。


ほんとうに、ありがとうございました。





















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by cotomono | 2011-12-07 00:48 | Cotomono Works | Comments(2)
Commented by Miho Hirama at 2011-12-08 16:52 x
展示お疲れ様でした^^本当に今回行けてよかったです。いまむさんと会うと、言葉には出来ない幸福感に満たされます。それは母も同じだったようで、二人でホクホクしながら帰りました。いまむさんの鞄たちを見ていると、展示されている様子がまるで人のような佇まいだな、と感じます。エネルギーに溢れた空間に、また一つ元気をいただきました。話したいことがまだたくさんあるので、またメールしますね。本当に会えて嬉しかったです^^ありがとうございました**
Commented by cotomono at 2011-12-08 19:27
こちらこそ、ありがとう。

みほちゃんと久しぶりに会って、話して、
どうしてみほちゃんの写真があんなにキラキラしてるのかわかったよ。

「命がけ」というとおおげさかもしれないけど、
ハワイの写真には、そんな、生命の輝きや歓びが光となって溢れていた。
みほちゃんを見ていると、いのち、そのものだなと思う。

体調が整ったら、撮ってくれた展示会の写真みせてくださいね。
ほんとうに楽しみにしています。
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