夢をみる人のカバン

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さて、今年最後となる展示会のお知らせです。
2年半ぶりに、カバンたちと一緒にドイツ(Berlin・Stuttgart)へ参ります。
詳しくは、こちらをご参照下さい。

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2015年の5月、StuttgartのGEDOK HAUSで展示会をさせて頂いたあと、
展示会は大成功だったにもかかわらず、終わった直後からひどい空虚感に
襲われました。それはやりきったという達成感から来るものではなく、
これまで自分の表現の原動力となっていた「怒り」に対する空虚感でした。
一方で表現としてそれを出し切ったことで、そこから解放されたかのように、
まるで抜け殻のような感じがしたのです。そして、もう二度と怒りを根源とし
それに依存するような表現はするまいと決めました。

もうとっくに気づいていたのですが、怒りの根っこにあるのは「恐れ」です。
これまで自分がいったい何に恐れていたのかを、GEDOK HAUSでの展示会の後、
ひとりで見つめ直す時間が必要でした。

それから全くの空白というか、空っぽの状態で日本に帰国。
もう何も作り出せないかもな、それでもいいなとすら思っていたのですが、
子どもに戻ったように、ただ素直に楽しいこと自分が喜ぶことをやっているうちに
新しいイメージが自然と湧いてくるようになりました。




今回、ベルリンでの展示会のタイトルを「The Stargazer’s Bag」 としました。
日本語で言うと「星使いのカバン」です。

Stargazerとは占星術師や天文学者という意味ですが、もともと「星を見る人」と
いう意味からきているそうで、それが転じて「夢をみる人」という意味があります。
それを知ったとき本当にうれしくなりました。なので、The Stargazer’s Bagとは
「夢をみる人のカバン」ということです。

3ヶ月のドイツ滞在中にひとりでベルリンを旅したのですが、
キャピタルとは思えないほど広い空を眺めながら、なんとなく次はベルリンで
展示会をしてみたいなぁと思いました。
そして日本に帰国して間もなくベルリンに移住し店を持つことを決めていた
ソワレのふたりと出会い、そのご縁で今回の展示会に至りました。
そして偶然ですが、ソワレがある通りの名前は「Stargarder」といい、
Stargazerとそっくりなのです。

まるで夢のようですが、この世界は夢で出来ていると自分で自分に魔法をかける
ことができたなら、夢はカタチとなってこの世界に現れていくのでしょう。


遠く離れた星と星、光と光とを糸で結び、
まるで星座をつくるようにご縁がつながり、
またカバンと一緒に旅ができる幸運に、
ただ素直に「ありがとう」という気持ちでいっぱいです。





































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# by cotomono | 2017-11-08 02:04 | Exhibition | Comments(0)

自分を幸福にしようとする力

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自分はtwitterはやらないのですが、会ったことのない人のつぶやきをのぞくのは
好きでよくやっています。その中に@gamayauber01さんというとんでもなく
日本語がうまい(UK/NZ)人がおられて、というかもはや日本語がうまいという
次元でこの人を語ることはできないので、とにかく書いておられるブログを読んで!


読んで!と書いときながら、最近はあんまり読んでなかったのですが、笑
昨日、この人がtwitterで好きなブログの記事を上げてって呼びかけていたので
数年前から熱心な読者である自分も勝手に「そうだなぁ〜」って過去のブログ
を読み返していたのですが、やっぱり、ワタシはこれがいちばん好きです。


あまりにも胸に響く文章だったから、自分のブログにも勝手にリンクさせて
もらったことがあったんだけど、その頃はとにかく日本の全てに嫌気が差してて
一刻も早くこの国から脱出しないと大事な何かが死んでしまう...と思い詰めていて、
本当にその一年後に3ヶ月ほど海外に脱出するのですが、いま振り返っても、
あの脱出は正しかった!と胸を張って言えるもんね。

実際には身ひとつで海外に出ていた時間以上に、それから日本に帰ってきてからの
日々があってからこそ言えることではありますが、あの、どうにも苦しかった時分、
この人の言葉にどれだけ励まされ勇気づけられたことでしょう。


あれから3年半が経ったいま、上の写真のような意味不明なかぶり物ができるほど
「自分を幸福にしようとする力」に満ち満ちているワタクシであります、笑。

というわけで、あの頃の自分を救い出してくれた珠玉の言葉に清き一票を込めて、笑
最後にご紹介させていただきます。



あの、きみが小さかった時に友達だった「時間」がかえってきて、
きみが自分にやさしくするために、手を貸してくれるきっかけになるかもしれない。

他人の視線は他人がおしきせた時間をつくるが、
自分の内側からやってくる「自分を幸福にしようとする力」は
自分の意識にあった時間をきみの魂のなかに生成する。

そうして時間がきみの魂の身丈にぴったり合ったとき、
「幸福」という言葉が空疎な観念の仮面を捨てて
素顔を見せてくれるのだと思います。


        
          ガメ・オベールの日本語練習帳_大庭亀夫の休日
                 「Je suis comme je suis」より
































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# by cotomono | 2017-10-28 21:38 | Comments(0)

応答する能力

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政治家にとっていちばんの資質は?と問われたら、
迷わず「応答する能力」と答えるだろう。

理由は簡単。
市井の人々の声を聞き、それに応答するのが彼らの仕事だから。


選挙権というものを持って早20年。
毎回ほぼ欠かさず投票に行き、かつては路上に出て投票を呼びかける運動?なども
したことがあるけど、この国の選挙システム自体がひどくアンフェアである以上、
そんなもので民意を計られることに対して虚無感は募るばかりだ。


ただ今回、投票所である政党名を書いたとき、その虚無感が少しだけ晴れた。

理由は簡単。
市井の人々の声を聞き、それに応答する姿勢を明確に示した政党があったからだ。



英語で「責任」を「responsibility」という。

語源は定かではないけど、おそらく
response(応答)+ability(能力)=responsibility(責任)
なのではないかなと常々思っているのだけれど...

数年前、この国(政治家)の無責任さはいったいどこからくるのだろう?と
自分なりに考えていた時期があったのだけど、それが「応答しないこと」から
きていることに考えが至ったとき、すごく腑に落ちた。


言わずもがな、政治は世を映す鏡だ。
応答しない世の中であれば、応答しない政治が現れるだけだ。

応答する能力を問われているのは、限られた投票箱の先だけではなく
その手前にある無数の人々だ。


そして、その能力は想像力を伴う。

なぜなら責任とは、事が起きた後にはとりようがなく、
だからこそ「責任を持った行動を事前にとる」しかないのだから。



すべては想像力の問題なのだ。
僕らの責任は想像力の中から始まる。

イェーツが書いている。
In dreams begin the responsibilities
まさにそのとおり。

逆に言えば、想像力のないところに責任は生じないのかもしれない。
このアイヒマンの例に見られるように。 

                    - 村上春樹「海辺のカフカ」より

































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# by cotomono | 2017-10-25 23:38 | Comments(0)

アルケミスト

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最近はインスタの手軽さにすっかり落ち着いてしまい、こうしてここに何かを書く
ことがめっきり減ってしまいましたが、久しぶりに連投します。

先月の鹿児島で、ふとしたことからパウロ・コエーリョの「アルケミスト」の話に
なり、久しぶりに読みたいなぁと思っていたのですが、本屋で探す時間もないままに
企画展に突入。

しかし、最近ますます「引き」が強くなっているせいか、企画展中の佐賀で泊めて
いただいたギャラリー宅の本棚で偶然「アルケミスト」を発見!
しかも2冊持ってるから1冊どうぞってありがたい話になり、読みたかったあの
黄金の一節を久しぶりに目にすることができました。


君が何かを強く望む時、宇宙のすべてが協力し実現するよう助けてくれるよ。
前兆に気付くようになるのだよ。そして、それに従っていきなさい。

                          ー アルケミスト


うん、まさにそのとおり。

改めて読んで思ったのですが、
人生とは、鉛が金になるようなことなんじゃないかと。
(まぁ、もちろん金にならずとも鉛のままでもいいんですが...


相対的に考えると鉛が金になることはあり得ないのでしょうけど、
「鉛が金になる」という、自分のなかの絶対的な何かを持つことができれば、
それはもう、自然とそうなるのです。

その鉛を金に変える方法は人それぞれ違うのですが、
大切なのはその方法ではなく、なぜ鉛が金になるのかという「問い」であり、
その「問い」こそがアルケミストでなのです。問いという言葉にしっくりこない
ならば、時にはそれを「夢」と呼んでみてはどうでしょう?


そして、どうやらこの世界は「魔法」でできているようなので、あとはただ素直に
好きなことをやり続ける魔法を自分にかけて、神様がときどき落としてくれる
前兆(サイン)に従っていけばいいのではないかしら〜、とね。。


20代の半ばに友人に薦められて読んだ「アルケミスト」ですが、
このタイミングで再読できて本当にラッキーでした。


Never stop dreaming, the old king had said "Follow the signs"
前兆に従っていきなさい。




















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# by cotomono | 2017-10-19 00:00 | Comments(2)

ことまつ

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さて、先週末をもちまして、ことまつExhibition「位相」無事に終了いたしました。
佐賀と福岡と合わせて3週間程度の展示期間でしたが、たくさんの方々にお越し頂き
本当に素晴らしい時間を過ごすことができました。

グラフィックデザイナーの松尾さんと出会ったのが2013年の秋。
佐賀のパハプスギャラリーでの展示がたまたま前後していたのがきっかけで、
去年、わたしが松尾さんに一緒にやりませんか?と声を掛けるまで年賀状だけの
付き合いでしたが、最初に松尾さんの世界を見たときの直感はやはり正しかったし、
想像以上の展開だったなと、丸4年が経って改めて思い知らされました。

展示期間中のことはインスタにアップしているのでここで詳しくは書きませんが、
わたしの好き勝手な想像に付き合って下さり「ことまつ」を一緒に作り上げてくれた
松尾さんに、心から感謝申し上げます。

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ともに1974年生まれ、かつて専門学校も一緒だったことも判明した「ことまつ」

正直(松尾さんはさておき)自分にとってこれ以上に仕事がしやすい人はいないと
思うのですが、この企画展を以て「ことまつ」はひとまず解散です。

うまく言えないのですが、自分が「ことまつ」的思考にスイッチが入ると
なんというか彼岸に行き過ぎてしまうところがあって、それはそれでむちゃくちゃ
面白いのですが思考的疲労が半端なく、それに対して此岸としての身体がついて
いけない感じがしていて、ことまつで活動するのはしばらくお休みします。

身体がなければいいんでしょうけど、まぁ、それは無理な話だし、せっかく、
この愛すべき人間世界にやってきているので、その世界で思う存分、人間という
人と人との間をさまよい、愚かにも泣いたり笑ったりしながら、たぶんあと半分
くらい残っているだろう人生を、面白楽しくやっていきたいなぁと思っています、笑。

上のは、ある方に提供していただいた「ことまつ」の関係性を良く表した一枚。
松尾さんを口車に乗せて終始とぼけているワタシです。笑
あはは、写真は正直ですねー。

ということで、
ことまつ、ひとまず解散〜

お疲れさまでした。

























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# by cotomono | 2017-10-18 17:38 | Comments(0)

月を抱く龍、桜島にクマさん。

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さて、企画展まで1週間。

仕付け糸の往復運動を延々とやっては、くるりの「魂のゆくえ」を延々とリピート。
傷だらけになったら灯を照らせよ〜って自分で自分に言ってあげてるくらいには
追いつめられていますが、これ以上ないよー!ってベストタイミングがきたので
針仕事はぜんぶ無視して、週末はほぼ20年ぶりに鹿児島へ。

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滞在中のあれこれはインスタに上げてるのでここには書きませんが、

霧島の夜空にふと現れた、月を抱いたような龍雲。
何かの兆しのようであり、おわりとはじまりを告げるサインのようでもあり、
まったくもって、imaginative!!


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そして、ベストポジションからの桜島!
雲のクマさんがのっしのっしと歩いておられますね、笑。
いやぁ、最高!

ということで、いろんな方々のお力添えをいただき、
来年6月はカバンたちと一緒に鹿児島へ参りますー。
旅芸人みたいに月半分くらいは滞在することになります、笑。

どうぞよろしくね♡鹿児島











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# by cotomono | 2017-09-10 21:10 | Comments(0)

目を使わない見方のこと

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わたしたちには目がなかったが、いくつもの見方を持っていた。
見る、という行為にはいくつもの分かれ目があった。
道や樹木や川の流れと似ている。しかし明らかに違いがあった。
目を使わない見方のことをわたしたちは「遊び」と呼んでいた。
     
               ー 坂口恭平「現実宿り」より


わたしたちの顔に正面を向いてふたつ付いているもののことを
「表相」と言うそうです。

ひとつ前の日記にも書きましたが「相」には「すがた・みる」の意味があるので、
言い換えると「表相」とは「表(の)すがた(を)みる」となります。

当然、表があれば裏があるわけですが、普段その表相を閉じては開き「見る」ことが
できる世界とは読んで字の如く表の相であり、全体というものがあるとしたならば、
その半分だけを半ば強制的にわたしたちは見ていることになります。

少々ややこしい言い方をしましたが、自分の身体を眺めてみれば一目瞭然です。
がんばって眼球を移動させたところで180度しか見ることができないし、
日常の範囲でいえばもっと限られたごく正面だけでしょう。

「自分の目で見ろ!」などと頭ごなしに汎用されていますが、その一字一句を
眺めてみれば、ずいぶんと乱暴なメッセージであることに気がつきます。
(もちろん、そう言いたくなる気持ちもわかります...笑


さて、再来週から始まる「位相」という名の企画展ですが、
一言で言えば、今回の日記のタイトルに使わせてもらった
「目を使わない見方のこと」がテーマになります。

7月に熊本の橙書店さんで展示会をさせて頂いていたときに偶然、
坂口恭平さんの「現実宿り」を手にしたのですが、初めから終わりまで
よくわからない物語であるにも拘わらず、ところどころ本当のことが書いて
ある(のがわかる)ので確認のために何度も読み返していたのですが...

特に第10章、「見る」ことと「時間」について書かれているページが、
自分が考えていることがそのまま書いてあるように思えてしまい、
これはいったい何なんだ!と気になって仕方ないので、ここは冷静になろうと
テキストにして約3000字を丸っとタイピングした上で、改めて読み直しました。

それで、これはもう直接本人に話すしかないと坂口さんに電話をかけ、
今回の企画展の主旨(位相のこと、素形のこと)を説明した上で「現実宿り」の
第10章を丸ごと展示に使わせて下さいとお願いしたところ、許可します!と
快くご了解を頂くことができましたー。(もちろん、クレジット表記で)

それで坂口さんの「現実宿り」と自分の作品をどうつなげるかというと、
実はこれがいちばんびっくりしたのですが、この本を読む前から今回の企画展の
メインの作品として、カタカナ(言葉)のテキスタイルを使ってカタチの変わる
カバンを作ろうと思っていて、具体的にいうとカバンを開くとマントになるカバン
なんですが、「現実宿り」の第10章にほぼそれをイメージさせることが書いてある
あるわけなんです。なんなんだこれはー!!!と、本当にビックリです。
ちなみに、松尾さんも面白がってくれて、このページを読んだイメージを
グラフックで表現してもらうことになりました!それも楽しみだなー。


まだそのカバンはカタチにしていませんが、
雨が上がるのを待つ「雨宿り」ならぬ、
現実が明けるのを待つ、現実宿りのカバンとして、
近々、この表相の世界に現れることでしょう。
























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# by cotomono | 2017-09-03 18:42 | Comments(0)

企画展のお知らせ

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9月と10月にグラフィックデザイナーの松尾浩一さんと「ことまつ」名義で
企画展を開催いたします。詳しくはコチラをご参照ください。

タイトルは「位相」

位相の【相】とは(すがた・みる)の意味があり、心のなかにその形容を
思い浮かべることを「想像」というそうです。

ちなみに(すがた)は、ふつうに漢字を当てるとしたら(姿)となるのでしょうが、
自分は、(素形)をイメージしています。

目には見えないけれど、ある、もともとの(すがた=素のカタチ:形霊)

まぁ、といってもそんなに凝ったことはできないので、松尾さんとふたり、
気張らず気楽にやりたいと思っています、、、笑。


























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# by cotomono | 2017-08-02 17:29 | Exhibition | Comments(0)

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さて、熊本は橙書店さんの展示会、無事に終えることができました。
猛暑のなか、お越し頂いた皆様、お力添え頂いた方々に感謝です。
展示会中のあれこれはコチラに上げてますので、ご興味のある方はどうぞ。


あぁ、しかし、展示会を終えたばかりだというのに、
熊本への想いは募るばかり、、、笑。

熊本で展示会をさせていただくようになった5年前から、
いつか熊本で暮らしたいとほのかに想いを抱くようになったのですが、
昨年、江津湖という、とんでもなく美しい水場の存在を知ってからというもの、
その想いは加速の一途を辿っています。。。

大げさかもしれませんが、この水の近くならば、
この先、どう人生が転んだとしても、生きていけると思うほど。


いづれにせよ、いまいる場所から離れる時期にきているようです。

水が呼んでくれると、いいな。




































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# by cotomono | 2017-08-01 02:24 | Comments(0)

the priceless key

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翻訳の仕事もされてあるネイティブの先生に、去年書いた「星と素数」の物語を
翻訳していただいた。半年間、先生に英会話の個人レッスンを受けるも、
元来が習い下手な性格もあって、先生に習っていることに甘んじて自ら学ぶことを
さぼっている現状があり、このままダラダラと続けるのは良くないと判断し、
レッスンは一旦止めることに。。。

しかしながら、最後に先生に物語の翻訳のお願いしたのは大正解だった!
当初、自分で翻訳機能を使ってやってみるかと思っていたけど、無謀も無謀...
この物語はベルリンの只松さんと一緒に書いたものだけど、こうやって、
ネイティブな第三者を通すことで、また新しい物語に生まれ変わった感じさえする。

いま、先生に翻訳してもらった英文をひとつひとつ確認しているのだけど、
物語の重要なキーとなる「星使い」は、当初「star user」と直訳されていて、
これだとちょっと意味合いが違うので「stargazer」に変えてもらった。

stargazerは、占星家や天文学者というちょっとアカデミックな意味になるけど、
もともと「星を見る人」という意味からきているそうで、転じて、夢想家...
「夢をみる人」の意味もある。これは自分がイメージする「星使い」にピッタリ!


そして、最後の一文を先生はこんな風に翻訳してくれた。

日本語では「開かれる時を待つ」という受け身の状態だけど、
それを「世界を開くことができる」という能動的に変化させているとことが
英語世界ならでは。どちらがいいとかではなく、日本語思考と英語思考では
こうも違うから本当に面白い。

そして、the priceless key...

先生、ステキな言葉をありがとうございました。


それは星の温もりであり、素数の温もりであり、
開かれる時を持つ扉の大切な鍵である。

It is warmth of a star, it is the warmth of prime numbers
and this is the priceless key we have that can open worlds.
























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# by cotomono | 2017-06-25 23:33 | Comments(0)